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2010/11/29 (Mon) ナース考

 *何だかすごく大きな区切りの時を迎え、いろいろ考えをめぐらしているので、お暇な方は連日のたわごとにお付き合いくださいませ。


 私がナースという言葉を口にするとき、一般の人からはかなりの確率で「あ~すごくナースっぽい!」と言われます。
 でも一方、医療関係者からは「全然ナースっぽくないよね」と、こちらもかなりの確率で言われるのです。

 これはきっと一般的にイメージされるナースというものと、実際のナースというものがとってもかけ離れているのだと思います。
 そして、私は要するに甘っちょろいのでしょう。

 今も昔も比較的たんたんと自分の世界で生きてきた私が、なぜ看護科などに行こうと思ったのか…。
それはとっても一言では言えないし、自分でもよく分からないというのが正直なところ。
 
 資格を取ってからほとんど病院ナースなんかしないで、その周辺でいろいろさすらってきた私は、病院勤続○○年という方からしてみたら全くの「ペーパー似非ナース」って思われるかもしれないけれど、実は私は看護の王道を探求しているのだという自負を、ひそかに持っていたりするのです。

 学生時代、ナイチンゲールの看護論に本当に本当に衝撃を受け、それは今も私の根幹にあります。
(看護論についての私のレポートは、皆、要約で済ますのが常識な中、そのあまりの熱さゆえに特別に学部長が式で読み上げたほどです。)

 ナイチンゲールという人は、マザーテレサのようなイメージを持っている人が多いかもしれませんが、彼女は学者であり活動家でありと、実はものすごくインテリジェンスな人で、「何となくの優しさな仕事」的なものだった看護というものを、プロフェッショナルなテクニックに体系化したとんでもない人なのです。
 理論を一つ一つ細分化して、実際の現場でどう落とし込めていくか、そういった細かなことまで作り上げているのです(もちろんロジャースなど、後に続く人たちにもよっているのですが。)

 光、新鮮な空気、食事…そういったものによって、人は治癒力を引き出される。

 医学が「治す」のだとすると、看護は「治る」
もう、人の体に対する見方が医学とは全く違っていて、近いようで一番遠い分野かもしれません。
 なので、医学の隣でチームを組むのはとっても必要なことではあるけれど、なかなかスムーズに併走するのは難しいだろうな。

 看護論に感動したと同時にそんなことを思った学生の私は、そのまま病院に就職するのをぐずぐずとずっとためらっていました。

 まあでも、とりあえずやってみたら、という周囲のアドバイスもあり、就職した私が配属されたのは、なんとまさかの新生児外科なんてところでした。

 新生児外科というのは、新生児が転んで怪我するわけもなく、言ってみれば、先天性に命にかかわる疾患を持っていて、出生と同時くらいにopeが必要となる子がいるところなわけです。
 報道されているように、諸事情で縮小・集約化されつつある小児科です。
小児だけで4科を持つ、私のいた病院は、大学病院という機能においての一番の引受先となっていました。
 
 つまり、訳の分からない病気の子や、最先端の治療を施さなくては生きられない子ばかりがいたというわけです。
 今までに全く症例がなく、何が原因なのか分からないとか、内臓から外観に至るまで不全(要は奇形)が多すぎて、命を保っているのがやっとだったり…。

 今だったら、そんな中でのナースの役割というものを、しっかり見据えてやれたのかもしれないけれど、新卒の頭でっかちの私は、全く訳が分からなくなっていってしまいました。
 一人で上京した慣れない土地で、交代勤務や、気がふれそうに動揺する家族や、小さなミスが即命を奪うかもしれない緊張感や、そんなもので余裕を全くなくしていたのも事実ですが。

 生きるってどういうことだろう。

 私自身、誰かの命を引き延ばすためにこんなに憔悴しきって日々を過ごしていて、それで引き延ばされた脳波も触れないこの子の人生は、言っちゃ悪いけど、どれだけ意味があるのだろう。とか。

 もう命に一切手をつけたくない。

 自然な寿命の中で、全ての時間を楽しいことだけで輝かせたい。

 それが今も私のテーマです。

 それからいろんな流れがあり、いろんな仕事をして、ナースの別の側面での別の考えもいろいろ変化したりもして来ているわけですが、それはまた別の話なのでまた次の機会に…。

 穂高養生園で、「なんで看護師やめちゃったんですか?」なんて言われることも多いのですが、私の中では別にやめたというつもりはなくて、実はここが一番看護の本質を実践している場所じゃあないかと思っているわけです。
 そして、今の私にとってアロマテラピーというものが、病院ナースをするよりも、より看護であるというふうに思っているだけです。

 養生園は全く看護の理想に近い環境であったと思うけれど、人が病気をしたときにまず選択するのが病院という場所である間は、病院という場所にも恐る恐るでも足を踏み入れてみなくちゃいけないな。

 そんなふうに感じています。


 どうも、長いたわごとでした。

 読んでくれてありがとう。
たくさんの立場の人にぜひ感想を聞きたいところです。
 


 
 

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共感。。。 

私はアンさんほどの強い思いや考え方はないけど、
すごくひたすら共感します。

私、お元気でたくさんの笑顔を見たときに
「こっちのがよっぽど看護だ!」って思って入ったんですもの。

アンさんの新しい挑戦の場での活躍、
楽しみにしています。

そして私も新しい挑戦がしたくなってきたんですよね。。。

2010/11/30 16:26 | まあさ [ 編集 ]


ありがとーう 

「光、新鮮な空気、食事…そういったものによって、人は治癒力を引き出される。」

10代だったわたし、
教科書で、この生活という視点を学んだときに
看護学の真髄を感じた。

「 もう命に一切手をつけたくない。

 自然な寿命の中で、全ての時間を楽しいことだけで輝かせたい。」

そして
20代になったわたしは、
このときのみわちゃんとまったく同じことを感じて、
医療の現場を離れました。

そして、今があります。
お互いに、無駄な時間なんてほんのすこしもなかったね。

養生園ライフが始まったとき、
元ナース同士としての会話はなくとも
感じてきたことは、なにも言わなくってもわかりきっている、
そんな安心感に溢れていました。

すてきな日記をありがとう。
いつもありがとう。







2010/11/30 17:56 | のぞみ [ 編集 ]


まあささんへ 


ありがとう。

「おげんき」では、言いも悪いももう全部ごった煮の人間界のカオスを見せてもらっていました。

全力で生きてるいろんなひとたちと、入浴という些細な行為を支えるスタッフの想いと。
そんな中で生まれる笑顔は、ほんとにすごい迫力だったよね。

まあささんの新しい挑戦ってなんだろう…。

私も神奈川に戻るのはもう少し先になりそうなのよ。

でも東京にはチョコチョコ出没してるし、またお鍋しながら語りましょ!
野菜ソムリエの実力期待してま~す。

2010/11/30 20:31 | アンネリダ [ 編集 ]


のんちゃん 

 タイからかな。
ありがとう!

 養生園に来た時、医療の教育ではなく、東洋医学や食や、さまざまなバックグラウンドから出てきた人達と働くことになり、彼女たちの病気に対する反応や受け取り方や、いろんな側面で今までとは違う刺激をたくさん受けました。

 私のそれまでの常識がスムーズには流れていかず、それはとっても良い体験ではあったのだけれど、お風呂でノンちゃんと話すあの時間がとってもホッとするものでした。

 そう、感じてきたことが同じだから言わなくても分かっている。

 ノンちゃんとの出会いは、神様が私の養生園ライフを応援するためにプレゼントしてくれたのだと思ってます。なんて。 

 タイでパワーつけて帰ってくるノンちゃんとの再会を、とっても楽しみにしているよ。
 

2010/11/30 20:43 | アンネリダ [ 編集 ]


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