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2010/09/01 (Wed) 朝日とアフガニスタンの種

 今朝は御来光を拝みに、ものみ岩というところに登りました。

 4時半集合。
まだ暗いです。

 もうほとんど道とは言えない、山の斜面によじ登ること20分弱。
強大な一枚岩に到着。
ここが、ものみ岩です。

     100901_0520~01


     100901_0522~01


 
 少しばったり休んでから目を閉じて朝の瞑想。

     100901_0524~01

     100901_0531~01


 朝日が登ってきました。

 こんな朝が毎日毎日訪れているのですね。
生きてる限り毎日毎日。

      100901_0541~01


 昨日植えた除虫菊。
アフガンで奪われた命。その人の意志が種とともに人から人に託されて、アフガン、ネパール、栃木、そして穂高。
 そのことを考えていました。

 若くして突然消えてしまう命って、どういうことなのだろう。
もうこの世ですべてやり遂げたというわけでも、ものすごく邪悪なものをためていたのでもないように思う時。

 例えば亡くなった私の父。いったいなぜ。って。

 でも、アフガンの彼のことを考えた時、一つのことが浮かんできました。

 たとえば、その人の目指すことがとても大きなことだった場合、亡くなって、肉体の制限を外れることで、また「死」というインパクトを持って、より強くその思いが広がっていくってこともあるんじゃないかなってこと。

 だって、彼は亡くなってなお、その意志とともに種はどこまでもどこまでも広がっていってる。

 思いというのはとても強くって、その人が生きていても、生を終えてしまっていても、それほど問題ではないのかもしれないな。

 私も、父が目指していたものをたどりたどりここまで運ばれてきている。
父が志半ばで打ち切らざるを得なかったことを、より自由に大きく広げようとしている。
そうするぞと思ったわけではないのだけれど、それ以外の生きる目的や道しるべが私には思いつかなかった。

 そんなふうに思います。

 命をつなぎながら、全体で、ある目的に向かって進んでいる。
人って、小さな木の葉みたいなものだなぁ。

 
 

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