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2011/08/18 (Thu) センチメンタルが心に効く時もある

 縁あってデイサービスのお手伝いに行っています。

 私はなぜだか志向もテンポも老人の方がなじみがよく、昔昔の話を聞いてうっとりと想いをはせてみたり、
「もう秋になりますねぇ…」「風が涼しい時があるものねぇ…」なんてぼんやり窓の外を眺めたり。
そんな時間をとっても愛しているのです。

 長く続けていた在宅看護は、まさに老人と年単位のお付き合いになるので、すっかり力の抜けたやりとりを重ねられる、とっても好きなお仕事でした。

 お店を始めてからそんな時間も持てなくなった私にとって「看護師がいなくて困ってて、週一でいいから」と頼まれて始まったデイサービスは、何だか一週間のご褒美に神様が憩いの時間を作ってくれたみたいです。

 とはいえ、終末期に関わることはそんなおっとりとしたことばかりではもちろんなく。まぁ急性期の病棟や在宅の、なんというのか「生にも死にもどちらにもある、命を続けることの凄まじさ」みたいな精も根も持ってかれるほどのことはないにせよ、でもまぁやっぱり切ないことはいろいろとあるわけです。

 なんか今日は…疲れたな。




 帰りに、雑誌によく載っている、まるでku-nelみたいな可愛いカフェに行ってみたら、まるでku-nelみたいな可愛い子ちゃんたちで溢れていて、何だか分からないけどやさぐれた気持ちになってしまった。

 まっ白な壁のお店。
 茶色い髪を編み込んで、コットンレースでできたお花を頭にさして、リネンのチュニックをふんわりと着て、
 ほっぺにはまぁるくオレンジのチーク。
 お花みたいな女の子たち。
 コトリみたいにピッピと楽しそうにしている。

 あぁ、今日はそういうんじゃないんだよね。

 無性に倉橋由美子が読みたくなった。
あのよもつひらさかなバーで、不思議なバーテンにさしだされたカクテルで摩訶不思議な世界に行ってしまいたい。




 棘に帰ってきたら、ゆっくり日が暮れるところでした。

 ピアノ弾こうかな。

 ショパンはさ、グールドが「感傷過剰」みたいなことを言っていて、
そう言われると、私の敬愛する老紳士が「センチメンタリズムなんてのは、ひたりだしたらキリがありませんからね。」とポロリと口にしていたのも思い出したりして、なんとなく避けていたんだけれど。

 センチメンタルが心にいい時もある。


 一音一音響かせるように鳴らしていくと、心をすくいあげて外に出してくれるみたい。
ピアノがあってよかったな。
私の弾くピアノは、完全に自分のために鳴らす音で、誰かに聞かせられるものでは全然ないのです。
だって、テンポもものすごく遅かったりめちゃくちゃとばしてみたり。
自分の中だけに響かせるように弾いているから。

 日はゆっくり暮れていきます。


 エミちゃんが夕食の準備をしてくれました。

 たたいたキュウリの梅和え
 冷ややっこはとろろ昆布とツルムラサキを乗せて
 昨日のランチの豆腐ハンバーグ

 一口食べて、瑞々しい何かがしっかり戻ってくるのを感じました。


 やっぱり棘が一番だね。 
 そう思える私たちは幸せだね。

 って。

 遠くから訪ねてきたお友達と栄で食事して、そのお友達の複雑な状況や心境を聞いて帰ってきた彼女も同じテンションで。

 私が誰より見る目と言葉を持っていると思っている人が、棘のことを「命の揺らぎのある場所」とかなんとか評してくれていました。


 私が昔ガラスを作っていた時、いろいろなものを作っていたのだけれど、とにかく「有機的なガラスを作りたい」と思っていました。
 清濁併せ持つ、きれいなばっかりじゃない、有機物の底知れなさや、でも野放しでなくきちんとみつめられた静かな美しさを作れたら。
ガラスというクールな素材を使って。

 もうそんなことを思っていたのは昔の話だけど、棘をそんな場所だと感じてくれたのならうれしいな。


 何杯もお茶を注ぎ足しながら、夜はさらに深まっていきます。

 さっきまでのどんよりはどこへやら。
すっかり同じ気持ちを言葉で重ね合って少し興奮気味の私たち。

 勢い込んでお片付けしながら

 「私たち、この店でお互いの力の欠けてるものを補い合える、運命の出会いじゃないかと思うの」
「やだ、私も今そう思ってた。」

 なんて、はたから見たらなんのこっちゃな、くさい愛の台詞なんかが自然に出てきたことに大笑いしたりして。


 この世は清濁いろいろだけれど。
でも、その命の揺らぎ方を誰かと同じように感じ合える奇跡みたいなことがあって、
そしてバランスをまた元に戻していける。

 そんな確かな何かでつながった人たちと、確かなタイミングで、確かに出会えてきているから

 だから大丈夫って思うのです。













 



 

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あまりに驚いて 

鳥肌が立ちました。

18・9の頃に出逢って、
ずーーーーーっと探していた曲なんです、これ。

バランスのことにも
今、それとなしに直面していて。

出逢う
不思議
キセキ
けど、そうなってるのを
微細に感じるチカラを
薄れさせて る?

ある種、スイッチひとつ
なんだろうなぁ~
そのスイッチ
他から入れてもらうこともあれば、
ジブンで 入れることもある。

と思ったのでしたぁ~

2011/08/18 14:23 | みはれや。 [ 編集 ]


 

いのちのゆらぎ……
その言葉がなんだかしずかに響いてきます。
かすかに聞こえる清澄な鈴の音のように……。

そこから連想ゲームのようにして、つらつらと日記を書いてみました。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1764821088&owner_id=38897186


あ、昨日のんちゃんとアンちゃんの魅力について話したよ。
のんちゃん曰く、アンちゃんの地下の部分が魅力だって。
(たぶんそんな言い方だったかな)

澄んだ水の底にちいさな小石がたくさん散らばっていて
のぞいてみると、それが色々にうつくしいひかりをはなっているような……
そんな魅力がこのアンちゃんの日記からもほのみえるようです。

2011/08/19 17:32 | 幻燈工房 [ 編集 ]


幻燈工房様 

 ありがとう。ほんとうにうれしかった。
ほんとうにこんなにうれしいことはないってくらい。

 いのちのゆらぎという言葉を私もある人から受け取って、それをエミちゃんと共有して、そしてそれを受け取った幻燈ちゃんの心を通過した言葉を受け取って…

 ってことがね。

 そおして、青梅の山で、か、駒場の民芸館で、か、
私の知らないところで私のことをそんなふうに話してくれていたなんて。

 また晴れの日に、雨の日に、三人で傘さしてゆっくりゆっくり歩きたいね。

2011/08/20 20:13 | アンネリダ ガーネット [ 編集 ]


みはれやさん 

 18・9のときからある曲を探していたみはれやさんと、
 ひっそりこの曲を自分のために弾き続けていた私とが、

 京都の小さなおうちで顔を合わせ、あいさつをして・・・ドラマチックですね。

 スイッチは自分でも入れられるけど、神様は見ていてあまりにぼんやりしていたらちゃんと入れてくれる。

 私たちは大丈夫。

 ちなみに、こういう音数の少ない小品にいい曲がいっぱいあるのだけれど、技巧的だったり華やかだったりっていう曲ばかりがコンサートやらCDやらでは披露されるので、とってももったいない事だなぁと思います。

2011/08/20 20:17 | アンネリダ ガーネット [ 編集 ]


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