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2011/07/13 (Wed) 時代にとっても家族にとっても、一つの何かが終わったかな。

 祖母が亡くなりました。

 ちょうど100歳。

 100年この世界を見続けて、去って行きました。


 仕事を終えて、店を出た時、広がっていたのはあまりにもきれいな夕方。
夕焼けというんではない、薄青と群青のまだらの空。
高層ビルのてっぺんの赤いピカピカ。
高速に連なる車の光。

 100年前からつながっていた命が消えた時、現代がより主張を強めたかのような、そんな美しさでした。

 車に入っていたのはちょうど「Hallelujah」か細いか細い声で歌われるそれは、妙にこの瞬間にマッチしていました。
 大きな声じゃ言えないけれど、これはHallelujahなんだよ。って具合に。

 実家に寄ったら実家は空っぽで、やたらと乱れた感じがした。
「昨日友達来た時寄ってもらおうと思ったけど、こんなじゃ寄ってもらわなくて良かったな」なんて思ったほど。

 親戚は全くいつもの調子で陽気に喋りまくっていました。
いつものようにテンポの良い関西のりで、息の合った掛け合いを見せていて、神戸チーム以外の私たちはおなかを抱えて笑うばっかりで全く口をはさむ余地もない。
いつもの調子。


 祖母は美しい顔をしてました。

 真っ白な肌と髪とはまるで透けるようで、かわいらしい感じだったのが、人が変わったように凛々しい顔になっていて。
 

 前日。
もういよいよかもしれないという連絡をもらって、会いに行きました。
ちょうど小豆島から友達が来ていて、新しいスタッフのえみちゃんと3人で。
こんな臨終の場に連れていくのは友達にも他の家族にもどうかとも思ったのだけれど、なんだか一緒に行くのが自然な気がしたし、とっても愛の大きな二人におばあちゃんに会って欲しかったのです。

 もう表情も動かず、息が荒くなっている祖母に対して二人は優しく声をかけ、手をさすり続けてくれた。
私は足をずっとほぐしてあげていたのだけれど、たくさんの手に包まれて、きっとその熱は伝わったんだと思う。

 朝方静かに息を引き取ったという。


 骨は本当にカサカサと軽くって、潔く何も残さず去って行った。

 明治の生まれで、姫路の大きな地主の娘だった祖母はしっかりとした婦女教育をうけており、つまり決して出しゃばらず、無駄口をきかず、部屋の隅にきちんと座って私たちにまでお仕えするがごとくかいがいしく働く人でした。
 長いこと近くに住んでいて夕食をともにしたりしていたのだけれど、本心や、何か深いかかわりや、そういったものの印象が全く浮かんでこない。

 認知症になり、グループホームにお世話になってからは、今まで抑えていたかの如く喋りまくり、人生訓を語りまくり、おっとりとした美しい関西弁で話されるとんちんかんなそれがとっても面白かったようで、「はなえくぼのマドンナ」なんて呼んでいただいてうんと愛してもらいました。
はなえくぼの皆さんには本当に本当に感謝なのです。


 告別式が終わり、私はまた日常に忙しく戻っていき、

 休んでいる母にふと電話をすると・・・
思った以上に元気をなくしていて、それが意外なのと、元気をなくしているとは思っていなかった自分に驚きました。

 入所してからでも10年。ずっと通って心を寄せてきて、一番の大切なお勤めだったのだから当たり前か。
いや、私なんかが知らないずっとずっと長く母と娘は深く深くかかわってきたんだろうから…。


 父が亡くなった時も長い間元気を取り戻すのに時間がかかった母のこと。
心配だけどとにかくいちにちいちにち横目で見ながら日々を送っていくしかないかなと思う。

 お店もあって、母のことを好きというか面白がってくれる常連さんもいたりしているし、
それが励みになってくれたらいいけれどと思うのです。

 なにしろ私も母と娘。
心配はしていてもなかなかスムーズに近づくことができませんで、想いを飛ばしつつ、たくさんの他人さまの力を緩衝材として、何とか何とかできたらいいのだけれど。

 タイムリーにエミちゃんが来てくれて、同じ兵庫県の彼女のことを母はとっても喜んでいるのです。
のんびり屋さんの彼女だけれど、あの関西の「あんたがアホや」という類の冗談を、取り込みながら会話するのがやっぱりうまいのですよ。(私はいまいちなじめずに、母からいつも「クールだ」とか「のりが合わん」なんて言われてしまうので…。)
 だから彼女がいて楽しそう。

 そんなこんなで。
いつもパワー全開に見える母ですが、結構繊細で気を使い屋さんだったりして、(いわゆる循環気質ってやつですかね。)私のほうがよっぽどきっとタフな人間なのですよ。
 いろんなことを越えてきた母なのできっとまたすぐ元気になるかと思いますが、しつこいようですが私ではどうにも近寄れない部分もありますので、皆様優しく見守っていただければと思いますです。

 たぶん2006年のかわいいおばあちゃんの写真を見つけた。

     TS2B0034_convert_20110713032733.jpg


 と母。

     TS2B0028_convert_20110713032819.jpg



 

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2011/07/13 08:49 | [ 編集 ]


 

おばあちゃま 
すごく美しい指先ね
凄まじい変動の時代をこんなに美しく..
3世代ともみんな美人ー
家族には家族の 子でははかり知れないたくさんの物語が
あるよね うちは おばあちゃんが早くなくなったのでこの年までうらやましいな

2011/07/13 20:08 | シホ [ 編集 ]


シホちゃんありがとう 

 おばあちゃんの肌は、死に向かって一点の曇りもないほどにきれいにきれいになっていっていました。
旅立った後の顔は本当にね。特に。

 三世代みんな美人だなんて…。
単純にうれしいわ。

 きっと面白かわいかっただろうチビシホや、にぎやかなシホ家の家族のあれこれも知りたいな。

2011/07/14 00:47 | アンネリダ [ 編集 ]


 

そうか…100年前からつながってきた命、だったんだよね…。
そして、母と娘のあいだにある、なんとも言えない距離。私にもこころ当たりがあるような気がします。

おばあちゃん、静かに眠られますように。
おかあさん、じょじょに元気取り戻るように。


川崎から想いを馳せ、祈ることにいたします。



2011/07/17 20:31 | Atsuko [ 編集 ]


ご愁傷様です 

100歳までって凄いですね。いい年の取り方をされたようで何よりです。

2011/07/19 00:36 | 川崎 [ 編集 ]


川崎さんへ 

 ありがとうございます。
お葉書も…重ね重ねデス。
ちなみにfacebookもやってはいます。といっても完全に放置なんですが…よかったら探してください。

2011/07/26 23:37 | アンネリダ [ 編集 ]


Atsukoさま 

 私とAtsukoさんは完全に似た者同士なので、この複雑な胸の内をきっと分かってくれると思っています。
そんな人がいるというだけで、どれだけ楽になれているか…。
 いつもありがとう。

 ちなみに母はかなり復活しております。やっぱりだてに60年以上生きてないですね。おみそれおみそれ。

2011/07/26 23:40 | アンネリダ [ 編集 ]


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