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2011/06/07 (Tue) 昔の日記に想う

 思いがけず実家に泊まることになりました。

 実家には私がその昔作っていた「写真日記」なるものが大量に(40冊くらい?)保管されています。
blogなんて身近じゃなかった頃、フィルムカメラで撮った写真を貼って文を書いて…というもの。
旅や日常や映画や本の感想などなど、テーマごとに分類されているそれを時々暇つぶしにパラパラとめくっています。

 それはほぼ25歳から28歳くらいをピークにしていて、この頃とりつかれたように日々の記録を作りまくっていました。
 自分の人生がどうか意味のあるものであってほしいという叫ぶような思いからだと思います。
 自分が今どこにいるのか分からなくて、毎日がさらさらと過ぎていってしまうことに本当に焦っていて。
その言葉も生意気なものが多くてとても読めたものじゃありませんが、中にはなかなか面白いものもありました。

 しかし今になって気づくけれど、この頃の私、そして私を取り巻く人々、ほとんど寝てないし食べてないし。
体も神経も常に倒れる直前みたいに調子の悪さを抱えていて、もう頭だけが何かを求めてハイパワーで振り切っちゃってるような、そんな状態ですね。

 それを思うと、今私が仲良くさせてもらっている25から28歳くらいの子たちの何と落ち着いて健全なこと。
あのころあっての今の私なのだけれど、20代はもう一回でいいな。戻りたくはない。


 そんなその頃の日記でなかなか面白いものがあったので原文のままご紹介しようかと思います。
映画「天国の口。終わりの楽園」を見に行った時のものです。
今の私しか知らなくて「癒し系」だなんて言ってくれている人たちにはなんだか申し訳ない感じなんですが…。

日記




2003.3.13  (26歳)

 今日はなんだかすごく気分が落ちつかない。
木曜なのに休みである。最近休みは「勉強の日」日曜と、「R君のいる」火曜しかなかったので、いったい何をしようか。あまりお金も使いたくないし、遠くへ行く元気もない。かといって掃除もなぁ、やったばかりだし…と、久しぶりに持て余しているのです。

 まず洗濯機回しながら食器洗ったり…なんて一通りやって、「あ、なくしたキャッシュカードと印鑑探そう!」と思ったら両方ともあっさり見つかり、ついでに気にかかっていること全部済まそうと、バイクを動かしてみて(全然動かず)バイク屋調べたが(分からず)、ポッコにFAX書き、オシャレして東京三菱へ。カードが見つかったので手続きしてもらい。

 天気がいいので外でぼんやりしようとBURDIGARAでクロワッサンなどパンを4個も買い、MOTOYA EXPRESSでカプチーノを買い、有栖川公園のベンチでぼんやりしてた。池をのぞきに行ってベンチに戻ったら、鳥のフンが擦った跡が背もたれにあった。まさかと思ったら背中についていたのでゲーっと思ってると、また目の前に落ちてきたので違うベンチに移動。
 寒くなったので図書館へ。森村泰昌の「空想主義的芸術家宣言」とか何とかを読んだ。面白かった。
「なんでもやってみなければわからない んじゃなく、やらなくても(空想で)分かるという能力のほうがすごい」という言葉が印象的。

 そのあと17時から目黒シネマで映画を見ようと思ったら、日比谷線は目黒まで通じていなかったので広尾→恵比寿→目黒とこんな近所で乗り換えまでしてぜいたくしてしまった。

 なんかやけっぱちな気分だ。理由はないんだけどゆううつで、孤独感が押し寄せてくる。

 映画は「天国の口・終わりの楽園」
すごくいい映画だった。 ハー、さっきまでいろいろ思っていたのにうまく書けないな。
考え方としてすごく私の好みだ。
「人生は流れに乗っていくこと」 いろんなことがあっても、誰かとすごくつながったと思っても、何もかもはあっけなく過ぎていく。日々は積み重ねでは決してなくて次々と開かれるドアからドアへフラフラと進み続けるだけなんじゃないか。過ぎてしまったドアは閉じられたりあまりにも遠くなりすぎたりして、どっちが進む方向なんだか分からなくなってる。まっすぐ進んでいると思っているのは心の持ちようだけなんじゃないか。そして、瞬間瞬間がその人にとって良ければそれがすべてじゃないか。
 私は人の目を気にしすぎていないか?
 私の決断すること、言葉、行動が、人が見ることを想定してどうかということを意識して行われていないか?
人のいない所へ行きたい、誰も知らないところで少し静かにしたい。
あーだめ、暗い。

 目黒シネマは二本立てだったので「チョコレート」も観た。こちらはどうということもなかった。
帰りにモスでやけ食いした。ナンシー関を読んだ。

 なんか文字を追い、映画を見、人と交わっていないこともあって頭が疲れた。
気の置けない人とバカ言ったり、カラオケ行ったりしたいなぁ。

日記2



 今の私はこの頃からは比べようもないくらい穏やかな中にいます。
心も環境も。
道筋なんかあいかわらず見えないけれど、
あの頃には分からなかった何かが分かっているから、大丈夫って思えるのです。

あの頃の必死な私が愛おしい。






 

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2011/06/07 10:20 | [ 編集 ]


 

28歳真っ只中の私へのギフトの様に思えた
この文を読んでるときは私とみわちゃん同い年になれたから
「自分の人生がどうか意味のあるものであってほしいという叫ぶような思い」とは、20代のテーマかな??

2011/06/10 10:03 | mirei [ 編集 ]


 

あのころあっての今の私なのだけれど、20代はもう一回でいいな。戻りたくはない。

これ、わかるなぁ~
別に戻りたいと想えない。
苦しいだけやわ。
なんなんだろうねぇ~ふふふ。

2011/06/11 21:37 | みはれや。 [ 編集 ]


同感です 

「20代に戻りたいとは思わない」って
飲みの席での私の口癖・・。

20代はきっと多くの人にとって試行錯誤の毎日だよね。
痛い目いっぱい見てぐんぐん進化(?)して
ものすごい成長を遂げた時期。

振り返るとあの時間は濃すぎて
今の自分ではもう引き受けられません。

2011/06/13 19:36 | みこ [ 編集 ]


mireiちゃん 


 どんなに落ち着いて見える子たちでも、やっぱり丁寧に追っていくといろんな思いがあるよね。
ふとそんなふうに書いてから思いました。
でも元気だし楽しいし。私もみんなも。
両方あるってステキだよね。
つながりながら、肩寄せ合いながら、生きていきたいね。

2011/06/13 23:02 | 薬草labo.棘 [ 編集 ]


みはれやさん 

 何だかゆっくり話したわけじゃないのに、みはれやさんとは共通する何かを持っているような気がして、がっちり昔からのお友達のような…不思議な気分。

 こんどゆっくりお話ししたいね。

 プライベートな方のみはれやさんの言葉もいつも楽しみにしています。

2011/06/13 23:05 | 薬草labo.棘 [ 編集 ]


みこさんへ 

 自分も10代20代30代とずいぶん考え方も変わってきていることに改めて気がついて、
でもそんな中、ずっと心が離れずいつでも分かりあえてきたみこさんとの関係は、実はすごいことなんじゃないかって改めて思ってます。
 運命!って思ってたけど、やっぱり運命だったんだと思う。なぁんて。愛の告白でした。

2011/06/13 23:08 | 薬草labo.棘 [ 編集 ]


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