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2011/05/03 (Tue) ショパン「葬送行進曲」

 久しぶりにピアノを触りました。

 考えてみたら地震のあの日以来です。

 地震のあの日、何だか急にピアノが弾きたくなって、いつも弾く定番の好きな曲を何曲か流した後、ふと楽譜をペラペラとめくっていたらこの曲がとっても気になって、メロディを追ってみたならとってもいい曲だったのでしばらく弾き込んで練習していました。

 弾くのはもちろん、存在を知ったのもその時が初めて。

 そして時間を忘れて練習していたので「大変!銀行しまっちゃう!」と慌てて家を飛び出し、銀行で待っている時に地震が起きました。
 とはいってもこの辺りは揺れもほとんどなく、しかもどっしりとした銀行の建物の1階だからなおさら。
帰り道もまだこの曲が頭を回っていて、フンフンと口ずさみながら帰ってきたのです。

 まさかあんなことになるとは。

 その時練習していた曲は、ショパンの「葬送行進曲」でした。(有名なピアノソナタの方じゃなく、これはほとんど知られていないもう一つの葬送行進曲というものなのです。)


 なんで葬送行進曲なんか…って、その後の悲しいニュースを見ながら自分に驚いていました。
ポカポカ日和の昼の日中になんで…って。

 その時以来ピアノは触っていませんでした。


 今日、何だか急に弾きたくなって。私の好きな別れのワルツの楽譜を偶然見つけたのでそれを弾きつつ、次のページがまたもやこの曲でした。

 美しい曲です。
別れのワルツもそうだけれど、この葬送行進曲もただ暗いとか悲しいとかばっかりじゃない。
人の魂が天国へ向かっていくのを静かに静かに胸に手を当てて祈るような、そんな曲です。
そして、楽しい思い出と愛情を、感謝を、静かにでも晴れやかに歌うような中間部分。
 
 自分のつたない演奏ではそんなふうに思ったくらいですが、あとでこのIdil Biretの演奏を聞いていたら胸がいっぱいになって涙が出てきました。

 
 オサマ・ヴィン・ラディン氏が殺害されたそうですね。

 朝からそのニュースといやそれよりもそれに喜ぶアメリカ市民という説明に驚いて衝撃を受けていました。

 命はかけがえがないとか、そういうことがもう当たり前の常識なのかと思っていたら、誰かの死を国を挙げて喜ぶようなことが今、この時代にあるんだということに。

 私はオサマ・ヴィン・ラディン氏のことも、アメリカのことも、何も知ってはいないので何がどうかとは分かりませんが、他のどの命と同じように、彼の命が旅立っていくこの時に、この曲を捧げたいと思います。


  


     平和をただただ心から祈ります。




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