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2011/04/10 (Sun) 誰かの大きな悲しみの前に想うこと

地震以降、何かを書くこと、つまり、自分の想いをある言葉で固定して発することはとても難しいと感じています。
でももともと、ブログなんていう素人の気楽なものですら、書いて発表することはとてもリスキーなことで、正確に伝わらないとか、常に自分の中の何層にもある想いと矛盾が生じるとかは当たり前のこと。
 そのことを自覚してみたなら、書きやすい時だけ書く、というのはなんだかとってもずるいことのような気がして。
 書きにくい時でも、想いをある地点に丁寧に固定しながら「書く」ということをしていかなくちゃと思うわけです。
 書き始めた以上は書かなくてはと、誰に頼まれたわけでもないのに妙な責任感にかられています。




 私は幸せに毎日を過ごしています。
 好きな人達と言葉を交わして、春の温かい風が吹いて。
 桜はこぼれそうに満開だし、ご飯はおいしいし。

 今またテレビのない環境になり、ずっと何かとやっているので、東北の方々の今、放射能の今、
それらとの距離感がまたぐにゃりとよく分からなくなってしまっています。 

 知人のブログで被災した方の声を目にしました。
 本当に本当にリアルな言葉で、ああ、そうだろうなと胸にストンと落ちてきた。

 「東京とかからやってきて、きれいな服着て、帰る家があって、それでがんばろう!とか、大丈夫!とか言われたって、どこがどう大丈夫なのか胸倉つかんで聞いてやりたい」
 「正直、不幸になってくれたらなあって思うよ。それで頑張ろうって言ってくれたらこっちもがんばろうってなれるけど」・・・
 (これは抜粋であり、全部読んでもらったらけっして支援してくれている人への非難ではないことがわかるのです。誤解のないように。)


 誰かのの悲しみに寄り添うことは難しい。
 
 他人が意識的に心を助けてあげることは、ひょっとしたらできないんじゃないかって思ってしまいます。

 「自分と同じくらい、いや、それ以上に不幸になってもらわないと自分が浮かばれない。」
そんな想いを持ってしまったことは、正直に言えば私にもあります。

 そんな想いはめったやたらに人に話せるわけもなく、まして実際嫌がらせするわけでもなく、
少しづつ少しづつ薄まっていくまでは、自分の中の奥の奥に居座り続け、呪いのように自分をもがんじがらめにする。
 だけど、目に映らない程の小さな小さな歩みによって、自分の不幸(正確には不幸だと思いこんでいる状態)からは確実に上っていくし、そんな中で少しづつ少しづつ知らないうちに薄まっていく。
 「幸せになってほしい」なんていう高尚な境地には至れなくても、「どちらでも気にならなく」なってくる。

 そこまではどうしても、自身の一歩一歩の歩みにかける時間が必要なんだろうと思うのです。

 その間助けられるのは、やっぱり誰かの存在なのですが、
今になって思えば、「ただ付き合っていてくれること。」
そのことが本当にありがたかった。
 自分が変わってしまったことは自分が一番よく分かっているし、自信を失って、あくどい気持ちを抱えて、
見放されることの恐怖にただただ怯えて、尊敬する人たちと間向かうのはとってもとっても怖いことだった。

 だけれども、慌てず、大げさに励ますわけでもなく、いつも通りただただいてくれる人の存在。
私がどうであろうが別に影響を受けるわけでもなさそうで、バカな話をしてみたり、「結婚するんだ~」って幸せな報告をしてくれたり。たとえ誰かの幸せに胸の一部がチクリと痛んだって、それはそれで、それは私の問題だって分別くらいはできていました。

 そんな距離にとっても安心したのです。


 先日、お友達が島根の実家から東京に戻る途中にお店に会いに来てくれました。
「とんでいって支援することも考えたけど、今回実家で家族と向き合ったら、自分の軸がしっかりして、今自分がしなくちゃいけないことはこれだったなあって分かった。」
「こんな時だから、軸がぶれちゃいけない」
 
 その言葉に私のどこかが強く強く反応していました。
 

 きっと日本中のだれもが傷ついてもどかしい思いを抱えていて、その発する言葉、行動すること、きっとどれも間違いじゃぁないのだろうと思うのだけれど。

 
 私は、変わらず幸せでいようと思います。

 そして、今までのような対等な立場からの支援をしていきたい。
東北の方との取引とか、福島の方のお野菜をいただいたり、お金があちらに流れるように。

 そして、自分に来た流れの中での小さな選択を通して、社会に意見を示していきたい。


 少し前に観た映画、「フードインク」の最後の言葉

~だれもが自分は力もないただの消費者だって思っているかもしれないけれど、消費者の選択こそが企業を動かす…。
 企業が道徳心に目覚めることはない、オーガニックが増えてくるとしたら、それは儲かるからだ。 
 「私たちには世の中を変えるチャンスが一日に3回ある。朝食と昼食と夕食だ。」
                            とかなんとか。

  「you can change the world with every bite. 」

 そんな感じでいきたいな。




     110407_1134~01
     五条川の桜を眺める、どこかの可愛いおばあちゃん。





 

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