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2011/02/26 (Sat) 縄文人になれました

 引越しが本当に嫌い。

 なのにしょっちゅうしょっちゅう引越ししてる。

 なんで?

 というわけで、「夜は荷造りする気にならない」と理由をつけて今までまったく荷造りしてない私。
(塙さんやまあささんにまた?とあきれられそうだけど。)
朝からしようと思っていたのに、午前中はラジオ聴いてぼんやりしたあげく、食事してからにしようと外に出てみたら、そしたらとっても天気がよくて気持ちよくて。ちょっと遊びに出てみました。
(要はぐずっているわけです。)

 でも言い訳すれば車の関係で出発が明日の18時以降になったのと、荷物って言ってもそんなにはないからね。

 ずっと気になっていた「尖石縄文考古館」へ行ってみました。

     考古館


 ここ茅野を中心とした諏訪盆地は縄文遺跡の宝庫らしく、国宝の土偶「縄文のヴィーナス」を始めたくさんの出土品が展示されているらしいのです。
 私は考古学なんかにはまったく興味はなかったのだけれど、昨年母に誘われていった東京の根津美術館で、中国の古い青銅器を見たときに、すごく胸がドキドキ、足からジリジリする感じがして驚いたのです。(その前に見ていた企画展の掛け軸は眠くて眠くて、やっとの思いで立って歩いてたくらいだったのに…笑。)
 あれから古代文明とやらが少し気になっておりました。

 驚いたことにこの大規模な遺跡は、戦前に茅野で小学校の教員をしていた宮坂さんという方が最初に見つけて、しばらくはほとんど家族だけで手作りの道具を使ってせっせと調査を続け、学会発表し、といった具合に進んできたようなのです。
 戦後になってようやく、その価値を重要視した行政がチームを作って発掘をバックアップしてくれたという。

 この縄文考古館も、とってもローカルな雰囲気があり、だって4000年前とかの腰の高さくらいある立派な瓶たちが、ケースにも入らず床にごろごろ並べられている。
 埃はたいたりするだろうに、いいのかな。たくさんあるからいいってことなのかな。

 「縄文のビーナス」「仮面の女神」の二つはさすがに別室で、丁寧にケースに入れられ、出土状況を復元されていたり、詳しい説明があって見ごたえがありました。

     ビーナスと女神


 このでっぷりとした腰周り。
最初、来る前に寄った温泉で見た、おばちゃんたちの裸を思い出し、中世絵画でもそうだけれどこういうたくましさが美しいってことだよなあなんて思っていたけれど、
 あぁ妊婦かあ。と思い至り。
妊婦に勝るものはないよな。と妊婦の体を思い出していたわけです。
彼女たちのはちきれそうなお腹や、乳房や、そうでなくても肌の質感から、ものすごい何かを放っている。生命力?なのかな。特別な何かが。


 「縄文人になろう」のコーナー。
縄文人の麻の服やターバンやマガダマのネックレスなんかがおいてあります。
 私こういうの大好き!テンション上がって片っ端から試着します。

     縄文人
 だ~れもいないから一人空しく記念撮影(手に持ってるのは石斧)。

     後姿
 縄文の刺繍は後姿もかわいい。

 建物の裏には縄文の家の復元が。

     住居

 明り取りが何にもないから中は真っ暗。

     工法

 縄文人と侮るなかれ、意外としっかりした工法です。

 その先の広い広い場所は、住居跡地。すっかり雪に埋まっています。
(糸を引っ張って何かしている人がいて、凧でも上げてるのかと思ったら、何だか釣竿をもって糸を全力で放っているみたい。何なんだ?話しかけられなかった。…って、試着中の私を見かけた人もきっと話しかけられなかったであろう。)

     住居跡地


 そんなこんなで楽しかった。

 帰って観念して荷造りします。





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2011/02/25 (Fri) はれ、私にも母性ってやつが?

 最後の勤務が終わって、一人ミスドで打ち上げです。

 なぜミスドかといえば、病院の面接に来た日、余裕で出たはずなのに思ってたより時間がかかり、面接時間に間に合わないかも!しかもまだ履歴書書いてない!とあわてていたわけです。
 とにかくどこかで履歴書書かなくてはとばかりに入ったのが茅野のミスド。
ここで猛スピードで書き上げ、病院に駆け込み無事間に合ったという顛末。
(しかもそのときミスドに財布を忘れてきて、お店から電話を何度もいただいたというエピソードつき)

 ミスドが思えば私の茅野ライフの始まりだったわけですよ。

 病院は大変だったけど、充実していて本当の意味で楽しかった。funじゃなくてinterestingね。

 だけど。終わってみたらシュルシュルと力が抜けるのを感じて。
私こんなに力入ってたんだあ。と驚き。
どおりで、毎日眠くて眠くて、ご飯も作りたくなくて、夜のイベントも行かれなくて、おかしいなあと思っていたのです。

 不思議なことが。

 ふとトレーにはペーター佐藤さんの有名なミスドのイラスト。
いつもはスルーしているこの絵に目は釘ずけ。

     ミスド


 「なんてなんてかわいらしいんだろう。子供の笑顔って…。」
じっとじっと見続けて、「お部屋に貼ろう」ととうとうもらって帰ることにした次第。

 そして帰りがけにふとまた視線をやると、ポンデライオン。
     ポンデ


こんなの今まで何10回も目にしていても完全にスルーしていたのに、「か・かわいい…」と、胸がきゅ~んとしてしまった。そして置いてある人形をそっとなでなでしてみる私。
(ポイントカードいりませんと断ったことをちょっと後悔したりして。)

 おかしい。絶対におかしい。
「子供動物キャラクター一切興味なし」 これこそが私だと思っていたのに。

 緊張が解けて、年相応の母性とやらがいよいよ私にも沸いてきたのかな。
と動揺動揺。






 

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2011/02/25 (Fri) がんばらない

 最後の勤務が終了しました。

 風呂に始まり風呂に終わる。
最後の今日は入浴介助。
入浴介助は大好き。(だから訪問入浴看護で6年半も働いてたんだもの。)
べったりした髪の毛をシャンプーで泡だらけにして。
仙人みたいなおひげを剃って。
垢をこすり落として、傷口もきれいにして。
新しい寝巻き、シーツも真っ白にピシッと張って。
患者さんの気持ちのよさそうな顔を見るのが大好き。

 仕事を終えて、休憩室の窓の外は夕焼け。

     夕焼け


 短い間だったけど、この土地の人たちと関われたことが本当にうれしかった。

 老いるということはやっぱりきれい事ではないなとナースをしていると思い知らされます。
体の自由がきかない。コミュニケーションがとりにくい。痛い。苦しい。

 私たちは食べ続け、呼吸し続け、排泄し続けて生きているから、何か少しでも障害されると即、切ない状況に陥ってしまいます。
つまり、不衛生で恥や苦痛を伴った…。

 若くて元気な私たちの今。
流行や自己表現やほかの人の目や、そんなことに夢中になっている今は、本当に奇跡的で限られた期間なんだと思うのです。

 私の将来の夢は「清潔なベッドに寝かせてもらうこと」
これに尽きます。本当に。

 同世代の友達とテレビとだけ見ていては分からないけれど、この世には切ない状況で寝ている人たちがたくさんたくさんいる。
 横浜で訪問をしていて痛感してました。
 立ち並ぶたくさんの家の、扉を開ければ見なかったことにしたくなるような現実がある。
 でもやっぱり見なかったことにはできない。

 横浜の訪問と東京の心療内科で、華やかな社会からこぼれて、まるでなかったことみたいにされている人たちをたくさん見ました。
 そして、奄美の離島でも、ここ信州の寒い寒い山際の町でも。

 生保(生活保護)率は増える一方だし、透析やうつや、とにかく病院にかかる人もどんどん増えてるし…。

 
 なんて。
病院楽しかった、よくしてもらった。って書こうと思っていたのに、思わぬほうへ話が流れましたが、
とにかく「がんばらない」ですよ。(なんて強引なつなげかた。)

 イデオロギー先行でがんばってろくなことはない。

 とにかく目の前のことをただただやっていこうと思います。

 社会の事を嘆いてはみても、自分にできることはといえばやっぱり「お風呂に入れてあげる」「痰を取ってあげる」「雪が降ってきましたよと話しかけてあげる。」そんなことだし、そんな現実の希望をかなえてくれる人が必要なのだろうと思うわけです。

 鎌田先生の「がんばらない」は読んだのはずいぶん前なのでもう詳しい内容は忘れてしまったけれど、病院のラウンジにかけられたこの字を毎日眺めてはそうだそうだと思っていました。

     がんばらない

  「がんばらない」

     あきらめない

  「あきらめない」

そのあと「あすの風」 「ぼくの魂」 「生きている」と、書は続いています。

ちなみにラウンジの上から吊るされたタペストリーも大好きで、帰りにいつも眺めていました。
明るい町にお空には銀のキラキラ。

     銀のキラキラ

 そして入り口入ってすぐの大きな大きなこの絵も。
白樺の林で柔らかく幸せそうな人たち。

     白樺


こんな世界になったらいいな。





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2011/02/20 (Sun) 100歳のお誕生日

 2/20は、私の祖母の100歳のお誕生日。

 明治45年生まれ。気が遠くなるほどの長い長い人生です。

 昨日は愛知県の祖母のお世話になっているグループホーム「はなえくぼ」で、お祝いの会をしていただきました。
 本当に本当に心のこもった素敵な会でした。
 はなえくぼのみなさんありがとう。

 小さいけれどあたたかいあたたかいこのホームで、祖母は9年お世話になっています。
明治女でじっと耐えて尽くすことが身に沁みこんでいる祖母は、元気なころは決して自己主張せず、遠慮がちに部屋の隅できちんと座って、何かあれば一番に動く働き者でした。
 90前で認知症が出始めてから、なぜだか突然しゃべり始め、誰彼かまわずとんちんかんな人生訓や思いを話しまくる豹変ぶり。
やたらと丁寧な関西弁で語りまくる彼女は、「はなえくぼのマドンナ」なんて呼んでいただいて、すっかり人気者になっていました。
 今はお話しすることも、眼をあけることも少ないですが、真っ白な肌に真っ白な髪をした彼女は、なんだか神々しさすら漂い始め、親戚うちではホームに訪ねることを「うちの生き神さま詣でするか」なんて言っております。
 
     110219_1554~01

何と岡本太郎と同い年とは。
     110219_1409~01

 ホームの人の手作り。タイの形のケーキ
     110219_1519~01

 寝てる?
     110219_1526~01

 みたいだけど、食べ物を持っていけばしっかり口をあけてもぐもぐします。
     110219_1529~02

     110219_1530~01


 地元のフラグループが、フラダンスを踊ってくれました。
     110219_1420~01
    
 最後はみんなで。楽しかったな。
     110219_1458~02



 姫路の田舎で生まれた彼女は、京都で女学校、行儀見習いの後、祖父と結婚。芦屋の呉服屋の坊ちゃんで、オシャレ好き派手好きだった祖父に比して、いつまでも素朴な田舎娘といった感じの凸凹夫婦だったようです。
 生糸の仕事で韓国へ行っていた頃終戦。子供4人を連れて命からがら引き揚げ。送った荷物は何一つ届かず、無一文からの出発だったと。しばらく熊本に身を寄せたのち、神戸で下宿屋をしながら家計を助けていたそうです。
 祖父が亡くなったのち、しばらく一人で神戸にいましたが、神戸の震災より前、子供のいる愛知県に移ってきました。
 
 終戦の時34歳。今の私と同い年の祖母。7ヶ月の赤ん坊をリュックに詰めて、他3人もの幼児を引き連れて朝鮮人からの逆襲に怯えながら港を目指し、日本行きの船をひたすら待ったという話。
 (一歩違えば母は残留孤児になり、そしたら私は韓国人だか中国人だったのだね。)

 どんな厳しいときにも命はちゃんと紡がれていて、それを全力で守ったあのころの祖母がいたから、いや、もっとさかのぼればきっと、先祖たちのたくさんのそんな局面があったからこそ、今の私がいる。
 そのことを思うと、「ちゃんと生きなくちゃ」と思うのです。

  お手伝いが何人もいて、自分の土地以外踏んだことがないというくらいのお嬢様育ちだった彼女が、貧乏のどん底で懸命に働いて働いて、子供を育ててきたんでしょう。あの時代きっとだれもがそうだったろうけれど。

 愚痴一つ言わず、踏ん張る強さがにじみ出ている。強さ。本当にそう。

 今では言葉を発することもほとんどない彼女ですが、この体がその歴史をくぐりぬけてきたのだと思うと…。

 温かくて小さなこの手が。

 名もない一人の主婦ですが、ちっぽけな彼女のとてつもない大きな光。



 彼女のこれからのすべての時間が、優しい愛に包まれたものであることを心から祈っています。






 

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2011/02/15 (Tue) 京都「いちにち商店街」

 先にお知らせしたように、2月をもって名古屋に戻ることになり、それとともに、いよいよ「薬草labo. 棘」始動です。

 3/1(火)始まりの月の最初の日、京都の下鴨で行われる「いちにち商店街」にアロマカウンセリングとハンドトリートメントで出店します。

     いちにち2


 スタートダッシュかけるにふさわしいこのイベント。
お近くの方はぜひぜひ遊びに来てみてください。

 このイベントは、親しくさせていただいている建築家の平井純さんのベース(モダンにリノベーションされたとっても素敵な古民家なのです。)で、毎月一日に行われているものです。

 平井さんは自然素材を用いた新築はもちろん、古民家改築や、手放したい人とほしい人をつなぐ活動や、里山保全、地元の木材を使ったものを大切に物にしていく活動、そして音楽イベントや、さまざまなことをされている方です。
 とってもたくさんのことをされているのに、その物腰はとにかくゆったり。
自然に自然に人がつながっていく。ぜひぜひ見習いたいお方です。

 私の説明ではきっとかなり不足でしょうから、ぜひブログを見てみてくださいね。

 このイベントも、人と人とがつながって、ゆるくて楽しくて、でもとっても意味深い、一番あるべき活動の姿じゃないかと思っています。
どんなイベントになるのか、楽しみ楽しみ。

 内容を平井さんのブログから一部抜粋。
それぞれの出展者へのリンクなど、詳細は平井さんブログから入ってみてください。(手抜きって思わないで…私の技術では地図を載せたりできなかったので…)

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


    すごくゆるくて
    がんばってなくて
    しあわせがあって
    無理がなく
    ながれるままに
    なんとなくはじまって
    なんとなくおわっている

    なんとなく目指す未来の縮図がここにある
    そんないちにち。


その1:必要なものが、必要なところに届きますように。
その2:売る人も買う人も、こころのお財布がにっこり笑いますように。
その3:身につけるもの 食べるもの 住むところや道具たち‥
    すべてもとは どこかでつながり合っている大切な自然やいのち
    人とモノのつながりから楽しく心地良く伝わる場となりますように


 日時:2011年03月01日(火)10時~16時

 場所:京都下鴨亭(※ 当日、薪の持ち込み大歓迎♪)


[今月の出店者]

青木菜園(野菜・果物・つけもの)
いまいみやこ(ラスク・ケーキ・絵はがき)
オトメゴコロの泉州おむすび(おむすび)
お山カフェ(自家焙煎珈琲・山のめぐみ)
かぜの結(こころの家具・言の葉風)
小菊亭(無添加飴・タルト)
ことり舎(手づくり石けん・手づくりスキンケア・布雑貨)
虹色パンダ(くっきー・すこーん・けーき)
はるや(オーガニック&ビーガンフード)
ままや(手づくりジャム・天然酵母パン)
michiと優茶(ビーズアクセサリー&シフォンケーキ)
みはれや(タイ古式マッサージ)
やぎのやおや(古代米・豆・旬野菜)
薬草labo棘(アロマトリートメント)
やわやわや(手拭いマフラー・ビーズとヘンプのアクセサリー)
ラクガキ屋ユウとヒサ(ポストカード)
AOW(天然酵母パン)
CAFE素(手煎り焙煎珈琲)

まだまだ増えるかも♪。。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


  * 平井純さんブログ:風日和 *
   3月の「いちにち商店街」のお知らせ: 春隣♪いちにち商店街  
   先月の「いちにち商店街」の様子: 不思議な一日

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2011/02/15 (Tue) 東京の光

 東京の大きな空の下には
たくさんのいとおしい人たちが住んでいる。

     110213_1556~01


 その大きさに比べて、とてもとても小さな営み。
小さな日常、小さな喜び…

 いとおしいいとおしい人たち。

 東京のたくさんの小さな光。

 そんな小さな光をたずねた、3日間の小紀行です。


 出発の朝は雪。
バスの窓にもたれて、真っ白な木々をぼんやりと眺めながら。

   行きバス
  

 「雪を連れてきたね」って言われた。訪れたのは町田の静かな住宅地。
この空の下に、最近やってきたばかりの小さな命。

     あかちゃん


 小さくてふにゃふにゃでか弱いけれど、それこそ光の塊みたいな命。
 それを守る静かな夫婦の笑顔。

     なおちゃん


 そんな雪の日。 



 高円寺。
「雪を連れてきたね」。また言われた。

 図書館に勤める女の子。

 「何かを作るのもいいけれど、同じ日常をどれだけ穏やかに過ごせるか、最近そっちに向いているの」って。

 細野春臣の「銀河鉄道の夜」を聞きながら、金柑ジャム入り豆乳と葛で作ってくれたプリンを二人でそっと食べたり、
     110212_1124~01

雪から雨に変わった高円寺の商店街をぶらぶらしたり、絵本の古本屋さんで、あまりに哀れなイラストの「マッチ売りの少女」を思わず買ったり、
     アキちゃん見返り
 

 そんな雨の日。



 立石の夜。

 赤い顔したおじさんたちが、シャッター街の屋台でモツ煮をほおばっている葛飾区立石の町は、たぶん東京で一番古い景色。そこを横目に見ながらぷらぷら歩き。
ハキダメなんていっちゃあ立石に申し訳ないけれど、
「ハキダメに鶴」な女の子、下町育ちの妖精さんのおうちへ。

     立石


 「最近見つけたかわいいものを見せてあげる」といって見せてくれたのは、

 スミレのキャンディー。

     すみれ

    
 そして、ローズのつぼみ、ジャスミンの花、レモンバーベナの葉を浮かべたティー

     ハーブティ


 やっぱり彼女は鶴で妖精だわ。

 

 新宿の雑踏。
 そしてワンダーランド新宿御苑。
案内してくれたのは、私の敬愛するジェントルマン。
御苑に隣接する新宿高校(当時は府立第四中学とか何とか…)出身だそうで。
まさにお庭です。

 「散歩が好きなんですよ。こうして何の目的もなく歩いていると、あぁ鳥が鳴いたなとか、外人が通ったなとか、今だけを感じられるし、また逆に宇宙的な妄想にもふけることができますしね。」と。
 お庭のベンチに腰掛けて、まぶしい光を手でさえぎりながら、池のキラキラや葉っぱのざわざわをただただ聞く。

 寒桜が満開で、蝋梅が強い香りを放っていて、春が確実に来ているのでした。

     110213_1459~01


 そんな晴れの日。

 お土産に買ってくださった追分団子の豆大福が、それはそれはおいしかった。




 夕日に照らされたビルをぼんやり眺めながら、バスは東京を後にしました。

     110213_1716~01


 私の胸に刻まれたたくさんの小さな光。
この光が本当に大切で、こんなものに出会い続けるために、きっと私は日々を重ねているのだろう。
そんな気持ちになりました。

 今回会うことのできたみんなにありがとう。
そして会えなかった光にはまた次回。

 
 

 

 

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2011/02/11 (Fri) 春の雪

高速道路の窓の外を
真っ白な木が流れて行く

白とグレーに色をなくした彼女たちは
まったく気配を消してしまった

どこにいっちゃったんだろう
残された私は途方に暮れて
なんとかなんとかウオウサオウ

きっとある日
ささやかな印のあとで
いっせいに息をふきかえす
知ッテル

仲間外れにしないでね
ねぇ、わたしもそっちに…

いつまでたっても男の子はわかんないし

ハーッと窓を曇らせてみる

あいもかわらず
白、白、白、白



高速バスでヒマにしてたら、春の雨をうたったステキな詩が送られてきました。
ヒマだったので返歌です。



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2011/02/10 (Thu) 戦争反対って言ってみるかな

 先週末は大忙し。
横浜から松本へ、「平和のための信州・戦争展 IN 松本」で行われた、きくちゆみさんの講演に行きました。

 最近太平洋戦争のことを調べてると書いた私のブログを読んだお友達から誘ってもらったのです。
(いや~ブログっていいね。)

 彼女はきくちゆみさんのことが気になっていて、彼女の講演ということで行きたいと思ったようなのです。
私はきくちゆみさんという方のことはまったく知らなかったわけなんですが、直前に教えてもらった彼女のプロフィール。

 アメリカ投資銀行にてディーラーとして働き、じょじょに環境活動に目覚めていく。
1998年から千葉の鴨川に移住、自給自足的な暮らしをする。
9.11事件を機に、戦争が最大の環境破壊であると、9.11真相究明や、平和活動を行っている。

といったもの。

 さてどんな人が出てくるか。

 環境保護!とか、戦争反対!とか、
なんていうか誰もが異論を唱えようのないことを大きな声で訴える人というのに、うまく言えないんだけど少し警戒してしまうというか、まず斜めから様子を見ようとしてしまう可愛くないところがあり…。
 今回もそんな感じで、あえて心をフラットに。「まずは聞こうじゃないの」なんていった、上から目線な感じで臨んだわけであります。

 結論から言って、すごく面白かった。
し、素敵な人でした。やわらかく、分かりやすく、あおっていたりえらそうな感じもなく。

 彼女に関しては、ネットで見るといろいろ言っている人もいたりして、これまた何が正しいのやら・・・な気分にもなりますが、私が彼女に接して感じたのは決して悪い感じではなかった。

(戦争とか平和とか思想とかって、なにやらいつもきな臭い感じで容易にあれこれ感想をもてないような。でも一般市民なりの、受け取ったものをそのまま言ってみてもいいんじゃないか、とか。そういうぐるぐる回りに巻き込まれるから、平和に生きて生きたいよねっていう明らかなところまでなんだかよく分からなくなったりするのでは、とか。またもやブツブツ考え込んだりするわけです。あぁ、さわやかな人になりたいなあ…。)

 私が受けた印象は、
ものが見えている人の純粋な欲求。
 「自分の子供に安全な世界を作りたい」とか、「傷ついている人をこれ以上増やしたくない」とか。
 それにつき動かされた行動は、わかりやすくて。すがすがしくて。応援したくなる。

 応援じゃないな。
いろんな自分の中のもやもやにかかずりあってる場合じゃない。
ちゃんと目を開いて世界を見たなら、明らかに見えるものはあり、行動すべきことはある。
 
 そんな気分になりました。

 彼女の翻訳した「戦争中毒」という漫画を買って読みました。

     110209_1954~01


 この漫画は薄っぺらいわかりやすい本なのだけれど、
アメリカがなぜ戦争ばかりするのか、その仕組みを建国までさかのぼって解説してあって、裏歴史教科書といった感じで目からうろこ。ボロボロ。
 

 戦争って、戦う+争うって書くけれど、本当にそんなものなのかな。
普通に生きていたら他の国に「戦って争って(しかも爆撃したり人を殺したりまでして)」ってしたいほどの感情をもつことなんてない気がする。

 この漫画を読んでいると、戦争の始まりには必ず何かしらの意図があり(何かしらっていうか、まあはっきりいえばお金と市場と資源と権力なわけですが)
 ある一部の人たちのそんな動機ではじめられるようなのです。


 もうさ、仲良くしたいよね。あらゆるレベルで。
ご近所同士も職場内も、街ですれ違う人も、ネット内で会話する人も、国と国も。

 今ある憎しみやごたごたは解消するように、そしてこれからの未来は楽しいことばっかりで、
そんな風にしていきたいよね。


 最近ではすっかり時の人になっているキャンドルジュン氏ですが、
何年か前、目黒のクラスカで彼が定期的に行っているイベントに行ったとき、彼が話していたこと。

「みんな戦争なんて終わらないよって言うんだよね。だって何とか何とかだからって。
 考えてみたら、みんななんで戦争が終わらないかその理由ばっかり考えてる。
 僕は思ったんだけど、終わらない理由ばっかり考えてたら絶対に終わらない。
 でも戦争は終わるかもしれない。
 僕は、「戦争は終わる。なんでかって言ったら…」って、そういう風に考えていくことにした。」

 文章は多少違うかもしれないけど、そんなようなこと。

 誰も理不尽に殺されたりしない、楽しい未来を作っていきたいな。

 きくちゆみさんの活動。ぜひチェックしてみてください。
そして、「戦争中毒」必読です。
 

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2011/02/09 (Wed) からだって

 コンテンポラリーダンスを見に行きました。
しかも横浜、赤レンガ倉庫。

 みなとみらい。きれいだったなあ。
石油資源に頼らないミニマムな生活。とか、エコとか農とか、なんとかかんとかなことを思っていたりするのですが、みなとみらいがきれいで…思いのほか気がうわ~っとなってしまい、驚いた驚いた。

 行ったのは「YOKOHAMA DANCE COLLECTION EX 2011」
1月末から1ヶ月間、コンテンポラリーのさまざまな公演が行われる、かなり大規模なイベントです。

 普段フランスで踊っている石川勇太さんというダンサーが久しぶりに日本で踊るというので、お友達がぜひと誘ってくれたわけです。

 
 フランスでの食卓?なのかな?
フランス語での和やかな会話が流れる中、不可解な動きの二人のダンサー。
なんだかクラクラと落ち着かない不思議な気持ちになりました。

 からだって、ひとって、
普段私たちが当然のように目にしているものは何なんでしょうね。

 会話から感じたこと。音だけの世界だけれど、人と人とはこんな風にほかの何かとつながりかかわることができる。
 でも一方で、動きを見て感じたこと。何の意図を持たず、いや、持っているのかもしれないけれど、それを他から理解することができない行動をとりうる、まったく閉じた存在でもあるということ。
 そして、食べて寝て、排泄して、といった生体活動も行っている存在でもあったりして。

 その、つながっている存在と、つながりえない存在とが同時に存在したとき、ドキドキ。ひどく不安な気持ちになってしまいます。

 たとえば電車の中で予想外の動きをする人がいたときに、空気が一瞬で凍りつくときみたいに。

 そう思ったら、この世界はたくさんのたくさんの知らない人たちで構成されているのに、ほとんど安心してすごせているなんて、なんて暗黙の理解を共有しているのでしょう。
 そのことに驚き。

 体なんて誰もが最大限にさまざま動かして暮らしているはずなのに、ダンスという、日常生活の目的を持たない動きを見ると、何かが確実に刺激されますね。ただの体なのに。
 はあ~。いったい普段、私たちは何を動かして、何を表現して、何を見て暮らしているんでしょ。
ただ暗黙の理解をなぞった、役割どおりに決まった動きを繰り返しているだけじゃあないか。

 そんな気分にもなりますね。

 ここがよかった!って言葉で表現するのは難しいけれど、とってもとっても刺激を受けた夜でした。

 石川勇太さんの映像をひとつご紹介。
ヒラリヒラリ
呼吸する生きた生命体であるはずの人のからだが、まるで光か風か、
美しい無機物、いや、ものともいえない、まるで気配だけになってしまっているような、そんな美しいダンスです。

 

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2011/02/07 (Mon) ご報告

 3月末で、3年間過ごした長野の暮らしを一区切りとして、名古屋に暮らすことになりました。
(諏訪中央病院でのバイトはやめて、完全に名古屋に戻ります。)

 というのも、縁あって名古屋でお店を開くことになったのです。

 地下鉄東山線の本山駅。住宅地にある古い古い一軒家。
 お友達の桂子さんがずいぶん前にそこで「Tijs茶房」というカフェを営んでいました。
それから事情があってそこを閉じることになり、それから引き継がれて最近までなっちゃんの「ナッツカフェ」というお店になっていました。
 その場所を受け継ぐことになったのです。


 二間続きの畳のお部屋、そして広い広い縁側、そしてお庭。
「ここの植物はやたらと伸びるんだよ」と、桂子さんもなっちゃんも言っていました。

 そして、静かな住宅地の隠れ家的なこのお店を、
「不思議なそしてとってもステキな出会いがいっぱい起こるんだよね。きっと気のいい場所なんだと思う。
 きっと縁あってここに来たんだから、これから面白いことがいっぱい起こるよ。」って、それぞれそんなことも。

 お庭をハーブでいっぱいにしたい。そこを眺めたり、庭におりたりしながらゆっくりお茶をする。もちろんお庭で摘んだハーブティも。
 ゆっくりすごしてもらったっていいし、ハーブのお話をしたっていいし、一緒にお庭仕事したっていいし。
別のお部屋ではアロマのトリートメント(要はマッサージみたいなもの)を受けてもらえる。
そんな場所。
 そして、音楽や、工芸や、私の好きないろいろを紹介して、人と人がつながっていくような場所。名古屋という土地に、誰かにとってかけがえのない場所を作りたい。

 だって私自身、植物とカフェと音楽とアートと、人との出会いに助けられたからこそ、ここまで生き延びてこられたって思うもの。


 本山は素敵なところです。
広い広い名古屋大と、これまた広い広い東山公園に挟まれたゆったりした場所で、星が丘方面に向かえば素敵なお店だっていっぱいあるし。
お店の近くには山崎川が流れています。
私の通っていた大学の裏にも山崎川が流れていて、どういう位置関係なんだかいまいち分かってないですが、懐かしい川にもう一度迎えてもらったみたいな、そんな気分になりました。

 
 地元を離れてもう15年弱。
しばらくはあまり帰らず、知っているのは10代のころ通っていたファーストフードばかりなんていう状態で、
「名古屋=B急グルメとパチンコと風俗か。は~。」なんて思ってしまっていた頃もあったけれど、アンテナ張って、懐かしい友達とどんどん再会したり新しい仲良しができはじめたら、名古屋の面白さ。それこそ東京にもどこにも流されない、わが道を行くあのカオスな街には、きっと面白いものや人がたくさんあるに違いないって思ってきました。

 長野が好きで離れたくなくて、行ったり来たりにしようかなとか、ずいぶん迷っていたのだけれど、愛知と長野なんてお隣なんだし、こちらでできたつながりを名古屋で紹介したり、また逆もあったりで、どんどん動きながら楽しい世界を作っていけたらいいな。と思うにいたり、拠点をしっかり一つにすることにしました。
 
 

 そんなひとつの場所  「薬草labo.棘」

 あちこちのみんなにとって、自由に使える大切ななひとつの場所になれたらいいな。

 名古屋の皆さんどうぞよろしく。
  (ちなみに実家では暮らさず、お店の一部屋で暮らそうと思っています。)
 そして長野の皆さん、これからも面白いことにはどんどん呼んでください。
  (車で2時間だもの、私の逗子~大塚の頃の通勤時間と同じだわよ。たいしたことな~い。)
 そして、私の第2のふるさと、大好きな東京や横浜の皆さん、そしてそのほか日本中あちこちのみなさんもね。

 どうぞよろしくお願いします。
 

 

 

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2011/02/05 (Sat) 愛新覚羅溥儀

 冬はオタク度が増します。寒いからね。

 引き続き東京裁判関連の本などを読んでいます。

 真実って何でしょうね。
戦争というひとつの出来事に対しても、それぞれの人でその捕らえ方や受け取り方、かかわり方はぜんぜん違ったものになっていて、それが何の矛盾もなく同じ時間に存在しているという面白さ。
 それから、死の恐怖という極限に立たされたときに人がとりうる行動から、普段は見えない千差万別の人間の姿が見えてくる面白さ。

 面白いなんていうと不謹慎なようですが、あくまでまじめな面白さです。

 それにしても、政治的な手段を司法の場で判断するということはかなり無理があるのでは。
なんだか、女の、裏に膨大なニュアンスを含ませた言葉のなげかけにたいして、その本当のメッセージをまったく無視して言葉だけに対して言葉を返してくる男、それに憤慨する女と困惑する男、そんな大昔からある男女のあれやこれやにも似て。
つまり、違う回路で処理してもその意味は読み取れないというのか、そんなため息つきたくなるような感じがありますねぇ。

 そんな東京裁判。
なかでも、満州の皇帝、愛新覚羅溥儀はとってもとっても興味深い人物です。
みんな既にラストエンペラーでよく知っているのだろうけれど、私はこの映画は観たことがなかったので。
(ついでにスターウォーズやロードオブ…や踊る…も観たことがない。。。)

     p-0074.jpg


 東京裁判での様子や、入江曜子さんの「溥儀」それから「ラストエンペラー」などを手始めに観ていますが、ラストエンペラーはちょっときれい過ぎかな。運命に翻弄される孤独な男溥儀(ジョンローンだし!)がちょっと美しすぎるきらいが…。(でも、映画自体はとってもよかった、そのあれこれはまた機会があれば)

 私の今のところの彼の印象は、もっとしたたかで一筋縄じゃあいかない感じ。
インドでよく見かけた、大人のような顔をした物売りの子供たちの顔が浮かんできました。
3歳で即位して、信用できない大人たちの中で、生き延びるために自分に一番有利なのは何かを、全身の神経を集中してはかっている感じ。

 その生い立ちからして、簡単に自分に移し変えて同情や共感するのが難しい人物です。
だからこそとっても気になる。

 東京裁判で証言に立ったときには、偽証までして信頼関係にあったはずの人を名指しで非難し、自分は利用されたと興奮して訴えたり、戦後の人間改造では、おかげですっかり真人間になったとしてみせたり、文化大革命の折には「孫文様」と大げさに心酔してみせたり。なんだかすべてが演技的で、う~んと思ってしまう。

 孫文からは「小心、死ぬことを怖がる」とか、幼少時のイギリス人家庭教師からは「永遠に分裂した二つの性質」なんて評されていますが、だからといって私たちの感覚で簡単に批評したりするのは難しいなと思います。

 政治犯収容所での「布団がたためない」「ボタンがきちんとかけられず、いつも互い違いになっていた」なんていうエピソードからも、どういうこっちゃとクエスチョンマークがわいてしまうし、ね。

 だって、それこそラストエンペラーでみられた紫禁城の様子。城内での圧倒的な権力、世間から隔離された状況、皇帝として育ってきた彼が皇帝にこだわるのを醜いとはいい得ないし、彼なりに最善の道をとってきたとやっぱり思えてもしまうのだし…。

 う~ん。

 彼のいくつかの写真。
紫禁城でのどこかか哀愁の漂う高貴な姿。
唯一手を差し伸べてくれた日本に対して、皇帝復活をかけようとしていた満州時代。
そして、庭師として人民服を着て満面の笑顔を見せる晩年の写真。

   s1027a.jpg

     20061201-Xuantong.jpg

     photo_2.jpg
  

どれもとっても気になります。

そして、彼をめぐりさまざまな人たち。
アヘン中毒に陥る皇后、離婚訴訟を起こす第2婦人、晩年の彼と生活を共にする最後の妻、
そして弟溥傑やその妻浩。
それぞれこれまた気なりますし、なかなか興味は尽きないです。

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