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2011/01/31 (Mon) なんだか元気が出てきたわい

 免許のカキカエに行きました。
数えてみたら、前の更新から小さなものも合わせると引越しは実に7回。
住民票だけで3回も移動している(そして今の住所にないという・・・)。
これじゃあ男友達から冬に「住所不定・無職」なんてからかわれても仕方ないか。
だからハガキが届くはずもなく、気づいてよかったぁ。

1月最後の日、いろいろ所用を全部済ませたら、なんだか元気が出てきました。

まずはカキカエ。

今までの免許に記載されているのは、はるか昔の東京の住所。
そして、写真に写っているのは、彼に切ってもらった斬新なショートに、adam e Ropeだかaba houseだかのスモーキーゴールドのシルクっぽい素材の洋服を着ている私。

ずっと身分証明としてこれを出すたびに、なんだか突きつけられるような小さな衝撃がありました。
あのころの私とはずいぶん違うところに来ているのに、「別人になったような顔したって、あなたはこういう人間でしょう」って言われているみたいで。

新しい免許に写りこんだのは、松本のサロンで切ってもらったまだ新鮮なショートに、お洋服は引きずりそうに長いヨウジの黒のキルティングのワンピースに、メキシコの刺繍のブラウス。今の私の目指す感じが象徴的に出ている、われながらよいスタイリングではないかと。
そして茅野の住所と。
     110131_2030+01_convert_20110131213448.jpg


なんだかスッキリ。これで名実ともに、長野県民になったわ。

そして、1ヵ月半も修理に出していた車がようやく帰ってきました。
なんだか泣きそうにうれしかった。車って我が子のように愛しいものね。
その足で洗車に行き、中から外まできれいにきれいにして、やっぱりかけるのはSAMOS!ついでにSBK!
shigeoさんはやっぱりスゴイ。心のそこからグツグツ力が沸いてきたもの。
今までどうも力が出なかったのはSAMOS聴いてなかったからだったのかもね。(だって車にCD置き忘れてしまっていたんだもの)

せっかく松本まで行ったので、無印に行ってトースターとスピーカーを買いました。
トースターがなくて私の最大の活力源、バタートーストが食べられてなかったのもいけなかった。
音楽もパソコンのチャカチャカした音じゃなく、ちゃんとスピーカー通せるようになるし、

これで役者はそろったわ。
(正確には冷蔵庫もないし、食器はダンボールの上においてるし、揃ったとはいえないんだけど、とりあえず我が子とトースターとスピーカーさえあれば、心の基礎エネルギーは得られることになるっ)

1月は一人きりの土地で仕事覚えるので、ベースに孤独感というのか悲しみがじわーっとあってどうにもいけなかったけれど、お誕生日もあり、いろいろな人からうれしい声がけをもらったり、思いがけない人と再会したりもう一度つながったり、そんなことにいっぱいいっぱい助けてもらいました。

そして、山崎豊子をきっかけに、太平洋戦争(特に東京裁判と愛新覚羅溥儀に今は特化していますが、)にはまることで、久しぶりに心がそわそわじわじわと情熱がわくのを感じています。

やっぱり私は何かにはまっていないとエンジンがかからないのね。
もう少しいろいろ調べて、そうしたら池袋サンシャインのスガモプリズン跡地や、白金の服部ハウスなんかを訪ねる東京ツアーに行きたいな。こういうのも歴女って言われちゃうのかしら。

とにかく、久しぶりに霧が晴れて元気が戻ってきた感じ。

2月はSAMOSライブはあるし、東京で久しぶりにお友達と会うのも楽しみだし、おばあちゃんの100歳誕生会もあるし、きっとすばらしい日々が待っているに違いない!ってね。




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2011/01/29 (Sat) 雪道思索 結局ニュートラル

 今日のお休みは、ゆっくりゆっくり過ごしました。

 運動公園にある遊歩道を散歩して、初めて茅野の図書館へ。
まだ太平洋戦争のことが気になっていたので、いろいろみたいなと思いまして。
図書館では戦争の写真や東京裁判の史実を見て、小説の中で気になった人物、溥儀や、外相広田弘毅の本などを借りて帰ってきました。



 雪の帰り道、すっかり価値観がぐるぐるしてしまい、ついでに自分自身についてもぐるぐるぐるぐる…。

      110129_1724+01_convert_20110130002415.jpg


 結局ニュートラルに戻ってきただけだな。
ニュートラルとは? 思春期のあのころに。

 10代のあるとき、目にするもの耳にするもの、世界のすべてがどうしようもなく耐えられなくなったときがあります。 「これってこうだよね」とか、これが正しいとか、優しさってこういうものだとか。
交わされるすべての言葉が、そこら辺で安易に拾ってきたものに過ぎないように思えて。
そして、自分から出る言葉もその場で期待される言葉をなぞっているだけじゃあないかって思えて。もうほんとのこと以外何も口にしたくない。でも話してしまう。それらに対する嫌悪感。

 その後髪を坊主にしました。
かわいいということが一番の価値を持つように思われた、自分や自分の周りの世界に辟易して。
 でもそれでいながら男の子の反応が気になったり、そしてそんな自分の弱さに落ち込んだり…。

     110129_1725+04_convert_20110130002439.jpg


 思想的に少し潔癖なところがあるのかもしれません。

 いいとされていることに感じるささやかな違和感を放っておけず、いやそうではないんじゃないかと正反対の世界に身をおいてみる。そこでの価値観にもささやかな違和感が生じるとやっぱりこあそこかもしれないと。

 ナースたるものという献身や、命は救うものということへの違和感。自己表現でご飯を食べることへの違和感。エッジィなところに身を置いてこそ精神は磨かれるということへの違和感。健康のことを第一に考えて行動を選ぶことへの違和感。スピリチュアルへの違和感。

 10代のあの頃から、「本当のこと」を探していろいろな世界に飛び込みながら、本当のことなんてぜんぜん見つからない。
 いや、本当のことなんて、完全な正しさや完全な幸せなんてないってことは、十分にわかっているのだろうけれど、それを追い続けてしまう。

 それを求めて動き続けることの苦労なんてぜんぜん厭わない。
むしろ、違和感を抱いたままひとつの世界の奥にそれを求めていくことのほうが私には難しいのです。

 フワフワしてるとか、捕まえきれないなんて言われてしまうのは、そんなありえないものを求めてしまっているからでしょうかね。

  好きな人とは完全に溶け合ってしまいたい。
でも違う人間だからそれはありえない。どれだけ一緒にいても、自分じゃない違いに対する悲しみは決して小さくはならず、それが悲しい。それをうまい具合にまぁいいかと納得して、一生を共にするということに首を縦に振ることはできなかった。(まあ、本当に一生を共にする相手だったらそんなこと考えず首を縦に振れるんじゃないか、なあんて思ったりしていますが。)

 同じ理由で、子供を持つことも、できるのかなぁ。
何がいいのかも混乱している私なのに、子育てなんて。

 とはいえ、飛び込み台であれこれしり込みしてばかりの私ですが、水に入ってしまえばもがきながらも泳ぎきってしまうのかもしれませんね。

 子育て中の友達の「えー、えらいとかそんなんじゃないよ。できちゃったら産むしかないし、産んじゃったら育てるしかないし、そんな感じでやってるだけだよ。」
という言葉がとってもいいなって思いました。
まあ、何にしてもやったことのないことは難しそうに思えるだけのことかもしれませんが。
 
結婚出産に関してはともかくとして、今後の道筋についても、結局「何がいいのかわからない」というニュートラルに戻ってきてしまった私。
分からない分からないといい続けているうちに、変な信念が固まって、肝が座ってきたらいいのにな。


 とにかく興味のあることをやっていくしかないでしょうね。

 (さしあたって今の興味は太平洋戦争ですが。笑。今まで映画ラストエンペラーすら見たことのない手付かずの領域なだけに、堀りがいがありそうでワクワクします。)
 

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2011/01/28 (Fri) 80年代がすき

 山崎豊子で放心していたので、気晴らしに80年代探索。

 近い人には知られたことですが、私、なんか80年代が好きなんですよねえ。

 80年代が最高に輝いていたころ、田舎の中学生だった私には、そのカルチャーは何と輝いていたことか。

 早くもう少し大きくなってお金と自由があれば、キメキメにおしゃれしてライブハウスやディスコやホコテンに遊びに行きたいとじりじりしていた私。
 実際にはそんなことはかなわないまま、まあ、まともな?大人になってしまった。
その夢が詰まっているのです。

 まだ音楽を自分で買ったりする前。ある日ふとレコードやさんの画像に釘ずけに。
それがジッタリンジン。勇気を出して初めてビデオを買いました。
これがそれ。まだ大切にとってあるけれど、ビデオはもう見られない。
今見ても本当にイカシテル。



 それから好きだったのはゴーバンズ。今見てもかわいいなあ。
妹とバンドのまねっこ練習してました。(エアギターエアドラムです。まねっこなので。)



 バービーボーイズ。
 ソフトバレエ。



 心の時代なんて呼ばれる前の、やっぱりマテリアルワールドな香りのぷんぷんするフェロモンの塊みたいなこういう人たち、今はいないなあ。大好き。

 それから忘れちゃいけない岡村靖幸。
好きとか何とかって言うより、この歌詞とパフォーマンスと…とにかく衝撃的だったなあ。



 後はカステラとか、ボガンボスとか、挙げていけばきりがないけれど。
なんか音楽が今ほど「言葉を伝える」ってじゃなく、ある種の香りを伝えていたようなそんな感じがするなあ。

 この本能の感覚的な感じ、が、時々聞きたくなるのよね。
最近ってメッセージだらけでちょっと疲れる感があるので。なんて。

 漫画は岡崎京子と山田花子と、松本充代の、私の中での3巨匠を熟読してました。(暗い)

 山田花子の感性には本当に衝撃を受けて(でもあまりにも放っている毒が強すぎて、調子の悪いときは表紙を見るのすらきつかった)
 彼女の書いた「花咲ける孤独」という作品がすばらしく本質(でも人が触れちゃいけないところかも)をついていて、この直後の精神病院入院というエピソードも重なって、私は精神化心療内科というものに興味を持ったものでした。精神病とはいったいなんぞやと。こんな鋭い作品を書けるのに。と。

hanaco1.gif 


 なんだか80年代は深いなあ。

 今もこれらの作品が、やっぱり私の骨を作っているなあと思います。


 

 

 

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2011/01/27 (Thu) 山崎豊子「二つの祖国」

 久しぶりに読み応えのあるものを読みました。
 なんだか養生園にいるころは、不思議なくらいさっぱり読書する気にならなかったのですが、茅野に着てからはぽちぽち本が読めるようになって来ました。

 そしてずっと前からお友達に借りていながら、そんな訳でなかなか手をつけられなかった山崎豊子「二つの祖国」にふらりと手を出してみました。

     middle_1237823201.jpg


 そしたらもう、気になって気になって、早く帰って本の世界に入りたくて、いそいそと仕事を終わらせて部屋に閉じこもる日々。(いつだってはまり方が極端なのです…)。

 寝不足になりながらここ数日はラストスパート。
昨夜遅くに読み終わりました。

 今日。
興奮冷めやらず。というかショックでショックで。なんだか自暴自棄な気持ちにすらなっておりました
こんなことって・・・そしてこれがほぼ実話だなんて・・・。

 この大長編は、簡単に説明することなんてできないけれど、
アメリカで生まれ育った日系人たちが太平洋戦争の渦の中に巻き込まれ、アメリカと日本、二つの祖国の中でさまざまに悩み、苦しみ、自分の果たすべき道を模索していく、といったところでしょうか。

 戦争の状況に伴い流転の人生を重ねていく主人公たちですが、クライマックスの長い長い部分を占めるのが、東条英機氏ら戦犯たちの裁かれる東京裁判。
 山崎さんの緻密なリサーチにより再現されたその様子は、もう本当になんと言うか、20人強の戦犯たちのそれぞれの信念や心情や心のゆれがこれでもかと胸に迫ってきて、日系人たちそれぞれの想いですら受け止めるのが大変なのに、さらにたくさんの人たちの。
 もう何というか(こればっかで感想になってないですが)、何というかなのです。

 戦争は、誰もが必死だったんだ。
いやおうなく暴力や、死や別れやそういうものに巻き込まれていく一般人はもちろん。
戦犯と呼ばれる日本の中枢にいた人たちも、みんな必死で事態を少しでもいい方向に進められるように、必死で頭を搾り出し、動ける限り動き、そのぎりぎりの応酬。
そして誰もが、とてつもない悲しみや惨めな状況の中で、他人への愛情や自分の誇りをもって生きていきたいという戦い。とそんな精神状態が傷つけられ緩んだときに、あらゆる人の中で顔を出す信じられない残虐性。を思うと・・・

 ため息ついて天を見上げずにはいられません。

 あらゆる不条理や怒りや悲しみや憤りが、アメリカという圧倒的なものの前ではまったく報われることはなく、
日本人すべてがこれを共有して慰めあうにはあまりにも傷が深すぎて。
目の前にいる弱い存在(日系人など)にさらりと小さく向けられる敵意は完全にはけ口なのだけれど、大きなアイデンティティが奪い去られ、小さな優しさでかろうじて存在を保っていられる彼らにとっては、それは10倍にも100倍にも匹敵する攻撃なのだろうなあ。

 最近も書いてたみたいに、私、死にいくものへの悲しい気持ちがわからなくなってしまっていたけれど、今回小説を読んで、自分にとってたった一つの希望であり支えである人というのがどういうものか、そしてその人を失う悲しみというのが深く深く胸に入ってきて、いっぱい泣いた。
 
 誰かにとって誰かが亡くなるということは、時にその人の人生のすべての灯りを消してしまうようなことなのだ。そういう気持ちで明日から、また病院に向かいます。





 
 

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2011/01/23 (Sun) 昨年のクラシックハイライト

 実家で録画してもらっていた、大みそかに放送していたクラシックハイライトをようやく見ることができました。

 いや~すごかった。

 何といっても、昨年行われた公演のうち秀逸なものばかりを集めてあるのだもの。
3時間手に汗握りっぱなしな感じで、休憩をはさみつつでないと見られない。

 母と妹夫婦とみんなで紅白見ながらああだのこうだのというのも楽しかったけれど、これはとっておき。

 まずは、昨年の松本のサイトウキネンで、降板することになってしまった小澤征爾氏が、ほんの少しだけ振ったんだというのは街の噂で聞いてはいましたが、その貴重な10分足らずの演奏を番組で流してくれていました。まさかみられるチャンスがあるとは思っていなかったので、本当にうれしかった。
 一昨年のサイトウキネンで、氏の指揮を初めて体験して、その全身から繰り出される音楽と、オケと会場が本当に一体となって昇りつめていくその感覚。気づいたらこぶしを固く握りしめて、どこやら違う世界に連れて行かれたような、全く経験したことのない素晴らしい演奏だったのを覚えています。

 10分足らずの演奏はチャイコフスキーのセレナードハ長調作品48。
聞きあきたメロディーだけれど、こうして改めて聴いてみると、胸をえぐられるような苦しさと美しさがあって、
何よりこのチームで演奏できるわずかな時間をかけがえのない最高のものに。と、メンバー全員の気迫が伝わってくるような、そんな素晴らしい数分間でした。


 それから、昨年ロイヤルバレエ団のプリンシパルを引退した吉田都の最後の公演。ロメオとジュリエット。
可憐で上品で、難易度の高いポーズもそうとは思わせないほどさらりと流れの中にあって、この後別の人のバレエを見たとき、技の前後に「せいの」っていう感じのゆるみが出ていたのやら、オーバーリアクションやらが気になって、吉田さんはやっぱり凄いなと改めて思ったのでした。引退したならこれから日本で吉田さんのバレエを見られるチャンスも増えるのかしら。だとしたらいいけれど。
(引退ということで、昨年はテレビでたくさんドキュメンタリーやってたよ。と母。あぁ悔しい。テレビの情報に触れてないといろいろ素敵なものを見逃すなぁ…)



 そして、吉田さんも素晴らしかったけれど、ロメオを踊っていたSteven Mac Rae。
初めて知ったけれど、男性のダンサーでこんなに柔らかく、女性的な軽い踊りをする人がいるのかと驚き。
二人のバルコニーシーンは、少年少女のイノセントな恋の始まりが本当に瑞々しく現れていて最高でした。

 youtube調べていたら、Steven Mac Raeのローザンヌコンクールの時のタップも出てきたけれど、これも素晴らしくって引き込まれます。




 そしてそして、
先日某ギャラリーオーナーと話していた時、今若手で一番だと話してくれていた、ピアニスト小菅優。
樫本大進、趙静香、川本嘉子というスターソリスト4人で演奏したブラームスピアノ四重奏曲ト短調作品25第4楽章。
これがエライエライ迫力で、演奏している人たちの弾きまくりの恍惚感が伝わってきて、これはさぞかし気持ちいいだろうなあと。
 クラシックって、その緊張感もあって、何より激しい音楽かもしれないと思ったりしました。

 小菅優さん。生で聴きたい。
 3月に名古屋または横須賀、行けるかな。何といっても演目は私の好きなラヴェル「マ・メールロワ」だもの。

 



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2011/01/23 (Sun) 体調不良で、帰ったらひたすら寝てました。

風邪ひいてました。

 めったに出さない熱なんて出してしまって、

 病院での仕事中、「しんどい…」と思いつつ、悟られちゃいけない、
なぜかって、今からすぐ受診したほうがいいなんて言われて、薬飲まされたら嫌だし。
(先日コンタクトが合わなくて目が充血していた時に、眼科に連絡入れられそうになり焦った経験から。)

 なんて、全く矛盾してますね。

 なんだか出荷用に農薬使いつつ、自宅用には別で無農薬で作っている農家みたいか。

 でも、治療嫌い、薬嫌いは好みの問題で、私だって手術が必要と言われたら、悩んだ末に承諾するという、
世の多くの人がたどると同じ経緯をたどるんだと思います。

 つまり、私にとって病院で働くというのは、花が好きだから花屋で働くというのとは違って、病院や治療が誰よりも嫌いだから、だからせめて、病院という扉を開けてさらにそこで生活することになってしまった(まあ絶対強制されているわけじゃないんだから、してしまったというのが正しいのだと思うけど)私からして最悪の状況になってしまった人をほおっておけないっていう勝手なおせっかいによる感じなのだと思います。

 それにしても私、恥ずかしながらケアということに関しては、世の女子諸君に比べると本当に無頓着。

 ちょっとした怪我、やけど、風邪、・・・
たいていは放置。だって大丈夫なんだもん。
ひどい化膿でもしていない限り手を尽くしても尽くさなくても治りは変わらないっていう気がする。
傷跡が残ってしまっても、「あぁあの時の傷か」って思うくらいで、きれいでいたいっていう気持ちが薄い気も。

 もう10代の娘じゃないんだから、つるりとかわいいなんてありえない。
それよりも、小さなことで騒ぎ立てず、傷なんていっぱいこしらえて、
余裕で笑える心の透明さとふてぶてしさを身に付けた、魔女みたいに色っぽいババアを目指していきたいものです。

 

 余談ですが、具合の悪い人に必ずかけられる「大丈夫?」という言葉。
あれがどうにも嫌で仕方がない。
だってそう聞かれても、何をもって大丈夫かどうか答えたらいいのかわからない。(理屈っぽくてゴメンナサイ)

大丈夫じゃないけれど仕事に穴は開けられないから、何とか気力で出てきてる場合。
もしくは最悪の状態でもう既に休養している場合。
仕事が?今の状況が?未来が?
だから私は大丈夫?とは聞かない。どお?とかかな。

 そしてついでに心配もしない。
すべてはその人の流れの中にあることで、なるようにしかならない。私が何かしたり、その人の取り組みが流れを変えるかもしれないし、変わらないかもしれないし、でもすべては意味のあることで、他人はその流れを見ていくしかできないんだと思うから。
 ただ、見ていきたいなとは思うのです。そして実際に不自由していたり困っていたら手助けしたい、孤独を感じた時に心寄せてることを知らせたい。その位置にいたいなとは思っています。いろんな変化をともに受け入れることのできるくらい近い位置に。

 今までたくさんのたくさんの人を見送ってきました。(月に関わった人5人くらいと計算してもざっと…400人近くか。ヒエッ)

 誰に対しても死んでほしくないとは思わない。絶対治ってほしいって必死になったりもしない。
だってみんな死んでしまう。

 私はただ誰に対しても、元気な時も死を間近に迎えた時でも、私と関わっている時間は最高に気持ちの良い瞬間だったと思えるように。

 そんな瞬間を重ねていようと思っているだけです。

 心配しない、祈りもしない、というのはそういうこと。

こんなでいいのかわからないけど。

 
 
 



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2011/01/16 (Sun) 善光寺参り

 善光寺に行きました。

 善光寺に行ったのは・・・はるか昔、学生時代に友達と夏休みに東北一周の旅をして、その時にまず一日目善光寺の宿坊に泊まった以来・・・。

 安曇野に行く事が決まったとき、仕事で訪問していた横浜のおばあさん(長野出身)が、善光寺には行かなきゃだめ!と強く強く言っていたので、いかなくちゃなあなんて思いつつはや3年。
 やっと行きました。

 雪の降りしきる長野の街。

 寒い。

 白く曇って前がよく見えないけれど、とにかく人の流れで前へ前へと進んでいくと、
立派な門。急に視界にそびえたっていてびっくりしました。

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 ふと後ろから追い越していった和傘の列。
真ん中の美しい紫の袈裟のお坊さんをかばうように、列は静かに静かに進んでいきます。

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 まだ若い、本当にきれいな尼さんでした。

 両側の商店の人たちがみんな出てきて、通り過ぎるまで頭を下げています。

 思いがけない静謐な光景。

 この雪国にある荘厳の寺。

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 長野をもう何十年も離れても、善光寺さん善光寺さんと、特別な思いを抱き続けている横浜のおばあさん。
この寺の大きさは、きっと建物だけのものではなく、人たちが大切に大切にしてきた想いや祈りがそこにあるからなのでしょうねぇ。
 そしてそれは、こんなふと訪れただけのものには絶対に解らないものなんだろうな。

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 心にじわ~っと尊くて謙虚な気持ちがしみてきました。

(それにしても前の夜はsuper device のパーティで興奮していたというのに、なんてギャップ!長野は奥深いなぁ…)

 
 

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2011/01/16 (Sun) 贈られた大切なもの

 養生園のお友達が二人泊まりに来てくれました。


 誰かをもてなしたいという思いを3年間膨らませ続けていたので、この訪問をとってもとっても心待ちにしていたのです。

 まだ箱から出していなかったル・クルーゼをおもむろに出して、2,000円近くするベーコンを買い込んで、
この日のメニューはベーコンと白いお野菜のポトフ・つきあかりというジャガイモとクレソンの粒マスタードのサラダ・先日のルヴァンの白レーズンとカシューのパン・そして養生園出入りの宮田さんの合鴨玄米。

     110112_2146+01_convert_20110116214504.jpg


 二人は「東京に戻ってからおいしいものに飢えてたの」なんていいながら、おいしいおいしいと食べてくれて、本当にうれしかった。

 食事が終わったあと、二人が改まって小さな包みを手渡してくれました。
「お誕生日おめでとう!」って。

 そのプレゼント!
ほんとにほんとにびっくりしてしまいました。

 一人はおばあさんから昔いただいたという、ヨーロッパの小さな絵皿と、ココナッツのぎっしり入った手作りのクッキー。メッセージは台湾で買ったという美しい柄のレンゲの形のカードとそれと同じマグネット。

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 もう一人は、これまた手作りのドライフルーツがぎっしり詰まったマクロのパウンド、ラッピングには「今日おうちで一番きれいに咲いていた」という椿の花、それから、私たちが共通で大好きな、la droguerieのパーツで手作りした花のチョーカー。私のイメージで作ってくれたのだとか。

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 こんなことしてくれる人がいるんだ。って。
今までおんなじような気になって働いていたけれど、とんでもない。
うんとうんと高いところにいる人たちでした。
恐れ入った。

 「今、余裕があるからなだけだよう」なんていうけれど、だとしたらなおさら、余裕…。
大切だなあ…。

 私もっと余裕を持って暮らしたい。
少なくとも自分や大切な人の為を喜ばせることができるくらいには。

 先ばっかり見るのもいいけれど、一瞬一瞬をかみ締めて、大切に、過ごしていきたいな。
二人からもらったプレゼントを胸にかき抱きながら、強く強く思いました。


 その夜。

 ふと目を覚ますと二人が起きている気配。
一人の子が最近たまに起こるという猛烈な腹痛に苦しんでいて、もう一人がそれを看病していたのでした。

 びっくりして私にもできること…と考えて、
薬。病院。というのはすぐそこだし簡単だけれど、それを望まない場合どうしたらいいのか。

 痛みを和らげるカモミールと、強壮作用がある南米のマテをブレンドしたお茶を入れて飲んでもらったり。
アロマのトリートメントするには今ちょうどベースオイルがない!ということで、クラニオで後頚部と仙骨の緊張をとったり、
ディフュ-ザーで、痛みを和らげてリラックスする香りを香ってもらったり。

 もう一人の子と協力していろいろやってみたのでした。
幸い痛みは和らぎ、何とか朝を迎えたのですが、

 このできごと、なんだかすごく「私は何をやっていくべきか、いきたいのか」象徴するようなできごとでした。

 今は病院に慣れるため、しばらくアロマのトリートメントはお休みというか、そこまでの余裕が持てないでいたのだけれど、私はアロマをもっとやりたい。
 そう思ったのでした。

 目の前のことにすぐに必死になりすぎるのだけれど、前後左右広く視野を持って、ぶれないで進んで生きたい。
 そして、先にも言った、誰かのために何かしてあげられる余裕を持った生活をする。

 この二つが、必然的に34歳の抱負として浮かび上がってきた、そんな夜でした。
 




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2011/01/12 (Wed) お誕生日のご挨拶

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2011/01/10 (Mon) 上田ルヴァン

 もりもり書いちゃって、読むほうはもういいよという感じかもしれませんが、
この3連休は病院で何とか1週間働いてきた後で、盛りだくさんに人と会ったので、本当に本当に楽しくって、
全部記録に残しておきたいのです。。。

 蓼科、安曇野、池田ときて、上田(真田)へ行きました。
養生園のQちゃんたちが冬を過ごしているおうちです。

 猛吹雪の真田。
茅野とも安曇野ともなんとなく雰囲気が違って、なんというか真田な感じ。
サムライな厳しい感じがします(先入観?)

 古い大きなおうちは薪ストーブであったか。
4人でなべを囲みます。
大笑い大笑い。
こんなに楽しい食卓。うれしいなあ。涙が出るほど笑った。

 鍋の後、誕生日が近い私のために、サプライズでケーキを準備してくれてハッピーバースデイしてくれました。
吹雪の中の暖かなテーブル。
こんな誕生日があったかな。
本当にありがとう。

 朝早くみんなバイトに出かけていったので、私はゆっくりのんびり。
ヨガをしたり、みかんを食べたり。
     
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 そしてルヴァンへ行きました。

 上田ルヴァン。
私が、あらゆるお店の中で建物内装すべてで完璧にやられたぁと思う好きなお店は二つ。代官山BOMBEY BAZARと、この上田ルヴァンです。

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 今はお正月のディスプレイ。やっぱりやられる…。

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 シホちゃんはすっかりなじんで働いていました。

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 甲田さんともお会いしていろいろお話できたし、とっても楽しかった。

 これから作る名古屋のお店。
どんな内装のお店にしようかな。
きっと私だけの感じになるんだろうなと思ったら、とってもわくわくしてきました。



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2011/01/10 (Mon) 池田の里山散歩

 カンボジア人のだんな様、こーさんとカンボジア料理の移動販売をしているようこちゃんと、池田の里山を歩きました。

 里山は小さな小さなお山。

 おしゃべりしながらいっぽいっぽ進めていくうちに、わずかなわずかな景色の変化。
木がたくさん倒れていたり、尾根から向こうの集落がのぞけたり。
 なんていうか、程よいのです。

 神経を遣って、頭を使ったりして疲れたときには無性に歩きたくなる。
東京にいたころは渋谷恵比寿間だったり白金界隈だったり。
逗子のころは、披露山から葉山までバス通りをテクテクテクテク…。
 どちらも車がいっぱいで、景色もいいといえばいいけれど・・な感じでした。

 長野に着てからは里山。
テクテクの最高の場所は里山だったなあと、感慨深くなってしまうほど、テクテクにはもってこい。

 まじめな話はぽつぽつと。笑い話はけたけた笑って。そして時には景色に思わず言葉なく見とれてみたり。
一緒に歩くといろんな意味でよりより深まるのです。
本当に楽しくて、特別な時間。

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         (水たまりが凍って、寒天寄せみたい)

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         (こっそりダムに乗りました)

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          (最後は池田の美術館のところの公園に出ました。)       

 ようこちゃんと出会えたこと、里山と出会えたこと、どちらもかけがえのないこと。
ありがとう。

 お友達は多くなくてもいいから、大切な人のいろいろを見落としてしまわないように。
そして、心をしっかり通わせて日々を重ねていこう。
 そんな風に強く思いました。

 こーさんとようこちゃんは、2/6 松本にて、音楽とカンボジア料理のイベントに出るそうです。
詳しくはHPで。 
     こーさんのうち:ブログ
     こーさんのうちHP
     
いろんなバンドが出るみたいだし、ようこちゃんは新メニューを開発中だそうだし、とっても楽しみです。







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2011/01/09 (Sun) 誰もいない冬の養生園

 養生園に行きました。

 冬が苦手なハーブを連れてこようと思って。

 本当は鉢上げして閉園で発つ時に一緒に連れてこようと思っていたのに、車に乗せきれず、改めて迎えに来るねと残したまま・・・。早1ヶ月。

 何をしていても、吹雪の中耐えているであろうハーブのことが頭をちらついてちらついて。
南極物語の高倉健の気持ちがよく分かったわ。

 やっとこのたびお迎えに参上したのです。


 誰もいない養生園は雪の中。
足跡一つついてついておらず、まさにすっぽり。
身を寄せ合って軒下に置かれているレモングラス、ローズマリー、レモンバーベナ、ローリエ。
まだあおい葉っぱを見せてくれていました。

     110109_0813~01


 よかったあ。

 うんとこ重いそれらを引きずる様に車に乗せて。頭をごつんとぶつけたりして、「痛~い」なんて。
でも一人きり。
だれもいません。
静か。

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 ぐるりと有明山神社から森を散歩します。

 冬の有明。
 足元の雪をさらさら蹴飛ばしながら。
 周りの何もかもが、白くほのかに輝いていました。

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2011/01/08 (Sat) ひさしぶりに息をした

朝、窓の結露が凍ってる。

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窓をあけたなら、清潔な冷たい空気が勢いよく入り込んでくる。

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今日はお休み。
五日間夢中で働いて、心が少し弱くなって、夜をどうすごしたらいいのかわからずに、なんだかおぼれてしまいそうだった。

いいお天気。今日はお休み。ゆっくりお掃除をしたら朝ごはんを食べよう。

特別に好きな器を出します。
つちやまりさんのカップには、養生園で作っていたレモングラスとレモンタイムのリースティ。
そして、京都で買ったシュトーレンの残りをふた切れ。
茅野産のほうれん草は、さっとゆでてオリーブオイルと喜界島のお塩をかけて。

     110108_1203~01


うれしいな。うれしいな。
養生園にいたころ、一番切望していたのがこういう朝だった。

音楽はomtone ピアノとドラムとマリンバの3ピース。
窓から鳥の声。チュイーンピ チュイーンピ って。


お出かけしよう。
ずっと行ってみたかった「soups YATSUGATAKE」へ。

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テーブルに飾られたアネモネをじっとじっと見る。
黒かと思っていた真ん中は群青の粉。
冷たい花びらの感触。
植物に触ってなかったな。私。

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お後はハーバルノートへ。
茅野に来てから一度もご挨拶に来ていなかった。
エリ子さん。ルリちゃん。やわらかくて温かい蓼科の小さなお店。
ゆっくりしていってね、と、お茶とお菓子を出してくれました。
いすに座って手に取った本は、長田弘詩集「うつくしいのは」

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顔を上げると日がくれかかっている。
帰るね。なんていってお店を出ると薄い薄い三日月。
お空はピンクから青へのグラデーション。
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朝も昼も夕も夜も
本当に美しいところ。

風景に溶け込んでいて、そっと笑顔を向けられるような、そんな人でありたいな。

久しぶりに息をした。
そんな休日まだまだ続きます
これから安曇松川のお友達のおうちへお泊り。
明日は安曇野です。



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2011/01/06 (Thu) なんとかなんとか

 何とかやってます。
 時には「何とか生きてます」というほうがいいような状態の時も。

 病院バイトの話です。

 バイトだなんて気軽に言うけれど、やっぱり病棟で働くというのは波の集中力じゃあやっていけない。


 病院によって使用する物品から手順からさまざまに違っていて、ミスを防ぐために細かく細かく取り決められたそれらを覚えるのはとっても大変。
 また記録もそう。
 容態が急変しても物の位置がいまいち分からないので、何か小さなものひとつ準備するのもオロオロしちゃって、役立たずの自分をふがいなく思っちゃったり。

  はぁ・・・。お部屋に帰るとほとんど抜け殻のようにただただ呆然と時間を過ごしているのです。
 今年はまだ年賀状も書けなかったな。ごめんね。

 でもこんな私でも、一度経験したことは確実に身になっているんだという実感はしていて、それが励みになっています。

 病院はずっと昔の大学病院のNICUしか経験がなく、一般病院の成人一般病棟のことは何も分からないままなのがいやで、昨年の冬に島の病院に3ヶ月行ったのですが、そのときは実にサーフロー(留置針)も入れたことがなければ、血糖で「スライディングはあるの」と聞かれてもぽかんとしていた有様だったわけです。
 それが、あの何でもありの猛烈に忙しい病院で必死に勉強しながら、お部屋で泣きながら、何とか揉まれたおかげで、今回はとってもスムーズに入ることができています。

 私、あれでちょっとは成長したんだなあ。と感じる日々。

 それにしても、病院の進化のすさまじいこと。
電子カルテを経験したことがないというのがちょっとした私の恐怖だったわけですが、ここで電子カルテを経験して、覚えていくのがすごく楽しい。

 患者さんのリストバンドと点滴のバーコードを読み取って、PC画面にOKなんて出ると「お~」なんて。フフフ。

 今いる病院は、お庭があって、ドクターがよくて、なんていうのは入る前から思っていたけれど、ゆったりした病室や、ナースのかかわり方や、物品もミスを防ぐべく最新の物がそろえてあって、すべての面で本当にびっくりするほどよい病院です。

 困ってない?疲れが出てくるころじゃない?なんていっぱい声をかけてもらって、じ~んと来てしまいます。

 
 「大変なのは当たり前。無駄に落ち込まず、とにかく目の前のことをきちんとやる」

 そう呪文のようにいい聞かせながら、なんとかなんとかやっています。
 






 

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2011/01/02 (Sun) 新しい年

 
 年が明けました。

     110101_1535~01


 新しい年、2011年は、私にとって大きな大きな転換の年になると思います。

 この世界に真に自分の足で歩いてみたい。
 自分の周りに頭で枠を固めてしまうのではなく、自分というものを未知の世界に投げてみて、未知からズバリの何かを受け取って、そしてまた自分の何かを返して行く。

 そんな生き方へと転換していく時が来たなと思っています。

 薬草labo 「棘」

 それはプロジェクトであり、私自身でもあり。

 具体的には大きな今年の取り組みとして、まず一つ目は、名古屋・本山にお店をオープンさせます。
ハーブがあって、アロマトリートメントがあって、カフェがあって、音楽やアートがあって…。
具体的にはまたお知らせしますが、そんな一つの棘を、名古屋の場所に打ち込みたいと思っています。

 もう一つは、長野・松本での野外FES。
「 Arts=realive」として、ある理想の実現に向けて取り組んでいきたい。
 天に近いアルプスのふもとの地で、音のヴァイブスそのものを受け取れるような、音楽を感じられるFESをやろうと思っています。

 その二つを大きな柱にして、たくさんの人と知り合いつながりながら、奇跡的な時間を重ねていきたい。
そう思っています。

 2011。

 本当に楽しみです。

 いっぱい支えてくれているみなさん。
 そしてこれから出会うたくさんのみなさん。

 ありがとう。そしてよろしくお願いいたします。

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