--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


2010/11/30 (Tue) アリエッティごっこ

 閉園まであと5日です。

 全く実感が湧きません。
でも、未知の世界に飛び込むこともあって、心がどう準備をつけていいのか分からず戸惑っているみたい。

 なんだか頭が正常に働いていないみたい。
上の空で忘れっぽいのです。(まあ、いつもですが…)

 きっとここが名残惜しくって浮足立っているのでしょうね。
遊びの誘いには一も二もなく、ピュ~っとついていってしまう。(まあ、いつもですが…)

 近くのカフェでお昼休みにみんなでお茶しに行きました。
養生園スタッフ御用達の、とってもとっても素敵な、林の中にあるカフェです。

 車に乗った時点からみんなでしゃべりまっくていて、お店に入っても注文もそっちのけな勢いでしゃべり続け、ケーキが来たなら、ものすごい勢いでまわし食べしながら「おいしい」「おいしい」と騒ぎ、
 そしてもう間に合わないというぎりぎりの時間になったら嵐のように退散…。

 フフ、ゲリラだったね。

 大きな葉っぱの形のテーブルを囲んでいて「アリエッティみたいだね!」と大興奮。

     101129_1247~01




 そして今日は、閉園に向けて、農作業の小屋の片づけです。

 大きな木の杭を見つけて、「わ、アリエッティの鉛筆みたい」「じゃあ書くね」なんて、すっかりその気。
「私、カリに行くわ」なんて腰に杭を下げてアリエッティを演じてみたり…。

     101130_1401~01


 世界が緊張状態になりつつあるというのに、全くのんきな私たちな訳ですが。

 楽しい楽しい。大好き。

 一瞬一瞬を目に焼き付けておきたい。

 これからのいろんなことを乗り越えるときに、楽しい思い出を「お腰につけた吉備団子」さながら少しづつ取り出しながらやっていかなくちゃだから。
 
 なんで私は旅立っていくのだろう…。なんて思ってしまう時もあるけれど、仕方ないよね。

 昔一度だけトライしたウィンドサーフィン。
海を眺めながらインストラクターのおじさんが言っていたこと。

 「波は乗り換えなくちゃいけない。どんなにいい波でもずっと乗っていたら終わってしまう。
  いい波に乗りながらも、次に乗る波を見極めて、乗り換えて行かなくちゃいけないんだ」って。

 新しいところには、思いもかけない素敵なことが待っている。
そう期待して。

 

スポンサーサイト

未分類 | trackback(0) | comment(4) |


2010/11/29 (Mon) ナース考

 *何だかすごく大きな区切りの時を迎え、いろいろ考えをめぐらしているので、お暇な方は連日のたわごとにお付き合いくださいませ。


 私がナースという言葉を口にするとき、一般の人からはかなりの確率で「あ~すごくナースっぽい!」と言われます。
 でも一方、医療関係者からは「全然ナースっぽくないよね」と、こちらもかなりの確率で言われるのです。

 これはきっと一般的にイメージされるナースというものと、実際のナースというものがとってもかけ離れているのだと思います。
 そして、私は要するに甘っちょろいのでしょう。

 今も昔も比較的たんたんと自分の世界で生きてきた私が、なぜ看護科などに行こうと思ったのか…。
それはとっても一言では言えないし、自分でもよく分からないというのが正直なところ。
 
 資格を取ってからほとんど病院ナースなんかしないで、その周辺でいろいろさすらってきた私は、病院勤続○○年という方からしてみたら全くの「ペーパー似非ナース」って思われるかもしれないけれど、実は私は看護の王道を探求しているのだという自負を、ひそかに持っていたりするのです。

 学生時代、ナイチンゲールの看護論に本当に本当に衝撃を受け、それは今も私の根幹にあります。
(看護論についての私のレポートは、皆、要約で済ますのが常識な中、そのあまりの熱さゆえに特別に学部長が式で読み上げたほどです。)

 ナイチンゲールという人は、マザーテレサのようなイメージを持っている人が多いかもしれませんが、彼女は学者であり活動家でありと、実はものすごくインテリジェンスな人で、「何となくの優しさな仕事」的なものだった看護というものを、プロフェッショナルなテクニックに体系化したとんでもない人なのです。
 理論を一つ一つ細分化して、実際の現場でどう落とし込めていくか、そういった細かなことまで作り上げているのです(もちろんロジャースなど、後に続く人たちにもよっているのですが。)

 光、新鮮な空気、食事…そういったものによって、人は治癒力を引き出される。

 医学が「治す」のだとすると、看護は「治る」
もう、人の体に対する見方が医学とは全く違っていて、近いようで一番遠い分野かもしれません。
 なので、医学の隣でチームを組むのはとっても必要なことではあるけれど、なかなかスムーズに併走するのは難しいだろうな。

 看護論に感動したと同時にそんなことを思った学生の私は、そのまま病院に就職するのをぐずぐずとずっとためらっていました。

 まあでも、とりあえずやってみたら、という周囲のアドバイスもあり、就職した私が配属されたのは、なんとまさかの新生児外科なんてところでした。

 新生児外科というのは、新生児が転んで怪我するわけもなく、言ってみれば、先天性に命にかかわる疾患を持っていて、出生と同時くらいにopeが必要となる子がいるところなわけです。
 報道されているように、諸事情で縮小・集約化されつつある小児科です。
小児だけで4科を持つ、私のいた病院は、大学病院という機能においての一番の引受先となっていました。
 
 つまり、訳の分からない病気の子や、最先端の治療を施さなくては生きられない子ばかりがいたというわけです。
 今までに全く症例がなく、何が原因なのか分からないとか、内臓から外観に至るまで不全(要は奇形)が多すぎて、命を保っているのがやっとだったり…。

 今だったら、そんな中でのナースの役割というものを、しっかり見据えてやれたのかもしれないけれど、新卒の頭でっかちの私は、全く訳が分からなくなっていってしまいました。
 一人で上京した慣れない土地で、交代勤務や、気がふれそうに動揺する家族や、小さなミスが即命を奪うかもしれない緊張感や、そんなもので余裕を全くなくしていたのも事実ですが。

 生きるってどういうことだろう。

 私自身、誰かの命を引き延ばすためにこんなに憔悴しきって日々を過ごしていて、それで引き延ばされた脳波も触れないこの子の人生は、言っちゃ悪いけど、どれだけ意味があるのだろう。とか。

 もう命に一切手をつけたくない。

 自然な寿命の中で、全ての時間を楽しいことだけで輝かせたい。

 それが今も私のテーマです。

 それからいろんな流れがあり、いろんな仕事をして、ナースの別の側面での別の考えもいろいろ変化したりもして来ているわけですが、それはまた別の話なのでまた次の機会に…。

 穂高養生園で、「なんで看護師やめちゃったんですか?」なんて言われることも多いのですが、私の中では別にやめたというつもりはなくて、実はここが一番看護の本質を実践している場所じゃあないかと思っているわけです。
 そして、今の私にとってアロマテラピーというものが、病院ナースをするよりも、より看護であるというふうに思っているだけです。

 養生園は全く看護の理想に近い環境であったと思うけれど、人が病気をしたときにまず選択するのが病院という場所である間は、病院という場所にも恐る恐るでも足を踏み入れてみなくちゃいけないな。

 そんなふうに感じています。


 どうも、長いたわごとでした。

 読んでくれてありがとう。
たくさんの立場の人にぜひ感想を聞きたいところです。
 


 
 

未分類 | trackback(0) | comment(4) |


2010/11/27 (Sat) 詩作 こんな感じで上の空です

 


   「グッドバイの準備中」



  みどりという色は、お空に向かって光を放っています。


  匂いのしない黒い土

  全速力で走る猿

  誰かの可愛い笑い声

  
  私はもうすぐ髪を切ります

  グッドバイの準備中


  La vita effimera なんだからね

 
  違うお顔で会ったとしても、今までみたいに仲よくしてね

  私はいつでも泣き顔だけど

  引きずった足が突然軽くなる 魔法だって知ってるし

  忘れな草みたいにどっしり笑うことだってできるんだから

  
  La vita effimera なんだって


  目に映るものを「世界」と呼ぶなら

  宣言: ワタシノヒトミハ ウツクシクテタノシイコトシカウツシマセン


  こおろぎさん それでいいでしょ


  愛の定義なんて知らないけれど

  それはそんな類のもの












未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2010/11/26 (Fri) 交代した器 Every Day Is Perfect

お茶碗とカップを割りました。

 正確に言うと、お友達が割りました。

 食事を終えてもテーブルでいつまでもぼんやりまどろんでいる私の器を、気を効かせて洗ってくれようとしたときに、手元がすべったのです。

 私の茶碗は京都の草星さんというギャラリーで一目惚れをした、阿佐見尚彦さんという作家さんの物です。赤土に黒の釉薬がかかっていて、黒とも茶ともいえない深い深い色をしていて、そのフォルムも繊細さと土臭さのバランスがちょうどよいのです。

 器はどんなに大切にしていても、「割れる時は割れる」という思いがあるので、割ったと分かった時も「ああ、そうか」と思っただけでした。
 逆にとっても恐縮しているその子にいたたまれなくなってしまったくらい。

 不思議なほどに胸痛めず、元気に過ごした夜、お部屋をノックする音。
 
 包みを持って小さく立っている彼女。

 包みは器でした。
  
    101115_1910~01


 あれからすぐに近くのギャラリーに走って、代りになる器を選んできてくれたのだとか。
驚いた、し、その気持ちが嬉しかった。

 彼女が選んでくれたのは石のような肌質の白い器で、内側が荒く黒に染められているものでした。
素朴で温かみがあって、でも極限のシンプルさの持つ緊張感もあって、とっても素敵な器です。

 そしてカップは、割れたものと同じ作家さんの、前よりももちょっと長めのカップ。

 器は好きなのですが、見ていてもなかなか、ああいいな。と思えるものに出会えないのに、一目で心躍ってしまいました。

 ありがとう。

 前の器も好きだったけれど、去って新しい子が来てくれた。
彼女の思いと一緒だから、さらに特別な温かさを持って。

 この器のイメージの曲は何かななんて考えてみました。(暇ですね)。
 
 やっぱりこれかな。
COMBO PIANOの 「Every Day Is Perfect」
タイトルもこの気持ちにぴったり。





 昨日のお休みは、ただただ近所をぷらぷらと歩いていて、通りすがりのお寺にふらりと入ってみました。
そこは以前やっぱり彼女がふらりと入ってみて、よかったよと言っていたところ。

 奥に進むとたくさんの枝垂桜、そして梅、蓮。

 桜の下には死体が…なんて、確かにと思えるほど妖艶な枝ぶりの桜や梅や。
他の樹とは違って何か宿っているなぁ、なんて思って見まわしてみると、
まっすぐ伸びた杉も、わさわさと茂るクマササも、赤く色づいたもみじも、みんな何か宿っているみたい。
ん~。と立ち尽くしてしまいました。

 よいお寺。

 こんなデジタルな感じのクマササの模様。
     101125_1515~02


これにはやっぱりFrancesco Tristanoの、テクノをピアノでカバーしたこの曲かな。
 

 

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2010/11/24 (Wed) 父の思い出と、これから暮らす街

 子は何を思い、その人生を進めていくのでしょうね。

 絵を描く人だった私の父は、特に山と水を愛していたように思います。
水彩や岩絵の具で、さまざまな光に照らされた遠くの山や、場所によってその反射を変える川の水を好んでよく描いていました。

 薄く薄く、色を変えながら何層にも重ねられたその透き通るような景色。

 一度塗ってしまうと、上から重ねて消すことのできない透明水彩。
ひと筆ひと筆にごまかしが効かないその手法を、だからこそ面白いと言っていた父。
全く父らしいなと思います。

 夏は毎年信州に来ていました。
山を歩きながらふと立ち止まってはスケッチを始める父のそばで、おもむろにおやつを食べ始める家族一同。
スケッチは長くて10分から30分程度。
そしてまた歩きだし…。そんな旅をしていました。
私たちにも一緒にスケッチすることをよく勧めてくれたけれど、学校の図画で習うのとあまりに違うその手法に、どう描いたらいいのか分からず、あまりうまくいかなかった。

 でも父は、どんなめちゃくちゃな絵でも大げさに感心してくれて、いつもリビングの壁に高々と飾ってくれていました。

 頭がよくて、穏やかで優しい人。
大好きだった父は、私が17の時にあっけなく逝ってしまいました。

 エンジニアだった父は、いつも遅くに帰ってきて、少しのお酒と遅い夕食を取った後は、自室で大きな方眼紙を広げては、何やら細かな数字をいっぱい書きこんで仕事の続きをしていました。
 朝は誰よりも早くに起きて、体操、ジョギング、そして近くに借りている畑の野菜や、お部屋でたくさん育てている不思議なスプラウトを収穫して、何やら難しげな本で研究した玄米スープや無水料理を作ってから家族を起こし。
 こだわりのコーヒーは子供過ぎて飲んだことはなかったけれど、明治屋で買い込んできたスパイスや豆を使って作るカレーはとってもおいしかった。
 仕事でドイツに行くことが多かった父は、ドイツをとっても愛していて、わざわざ遠くのおいしいドイツパンのお店でいつもパンを買って帰ってくれたし、ハーゲンダッツが初めて日本に来た時は、これはドイツで本当においしいアイスなんだと珍しく興奮していたり。
何だか分からないけど、ドイツ人のお客さんとみんなで旅行に行ったりした記憶もあるなあ。大きくて知らない言葉を話すドイツ人は、とにかく怖かった。
 家に帰ってスーツを脱いだら着物に着替えていた父を、昔の人だからなんて思っていたけれど、世のお父さんは決してそうではないと知り、こだわりの人だったのだなあと思いを新たにしたり。

 記憶はいつも特別に輝いていて、いつまでたっても色あせるどころかとっても温かく大切なものになっています。

 母はそんな父のことを、「ゲンちゃん、ゲンちゃん」(インテリゲンツィアをもじった「インテリゲンちゃん」という、当時あった角川書店のコピーを母が気に入って使っていたのです。)と呼んで、いつもとってもうれしそうだった。

 そして今でも「あんないい人と結婚できて、本当に幸せだった」と事あるごとに言います。

 私は愛の中で、愛されて育った。
本当に幸せなことだと思います。

 
 信州に暮らすことになったのは全く偶然のことだけれど、父の愛していたこの地にいたいと心のどこかで思っていたのかもしれません。
 
 私はきっと無意識に父の後を追おうとしているのかな。
生きていたらきっともっとしたかったであろう、絵を描くことや、田舎に暮らすこと、畑や料理やそんなことを。
 
 いや、違うな。きっと私の価値基準が父の価値基準にならっているのでしょう。
父がこの硬くて酸っぱいパンが本当のパンだというのなら、これが本当のパンなのだという具合に…。

 そして、きっと父の憧れが集約していると思われる、この穂高養生園で3年を過ごし、今ここを出ようとしています。
 これから先は、私自身の価値基準で進路をとっていくのでしょう。
 


 12月から、私は拠点を茅野に移すことにとりあえずなりました。

 先日訪れた茅野の街。

 ふと気配を感じて顔を上げると、雪が降ってきました。
     101118_1534~01
     

頭の上には雪雲。そして遠くの空は青く晴れ渡り、さらに遠くの八ヶ岳は、雲の切れ間から光が差し込んで本当に神々しかった。

     101118_1322~01


 茅野で好きなところ。

 ハーブガーデンのある古民家のイタリアン「梅蔵」
     101118_1324~01

ガーデンはもう枯れ景色だったけれど、つる梅もどきがとてもかわいかった。
     101118_1442~01

ビオラが咲いています。寒い季節が来たのだなぁ。
     101118_1441~01


 そして、バラクライングリッシュガーデン。
寒くってだれもいない館内で、豆乳オレを飲みます。
クリスマスの飾り。
     101118_1553~01

クリスマスっていいなってぼんやり思ったりして。

 茅野の街。
どうぞよろしくね。

 お父さん、守っていてね。

 
 
 

未分類 | trackback(0) | comment(2) |


2010/11/22 (Mon) 即興連弾

 気がつけば今年も終わり。

 今年は一度も演奏会をしなかったなあ。
好きな曲をゆる~くゆる~く勝手に弾いてたくらい。
信じられない程の遅いテンポで弾くのが好きなのです。逆グールドの世界で。

 なんて思っていたら、突然演奏会のお誘いをいただきました。

 しかも3日くらい前に。


  
 ホールにはキャンドルがたくさん灯され、みんなが山でとってきたアケビや松ぼっくりで作った大きなリースが飾られました。

      101121_2139~01
     

 
 今回は生まれて初めての、即興連弾という試み。

 
 黒鍵のみをを使った即興連弾。

 これはもう、細く細く楽しんできた30年のピアノ人生の中で、本当に価値観がひっくり返る経験でした。

 ずらりと並んだ鍵盤を、まずは眺めてみる。
頭はフラットに。
ただただ眺めてみる。
どの音を最初に押そうかな。

     101121_2144~01


 最初の一音をポンとならすと、あとはメロディが少しづつ生まれます。
それに合わせてセコンドが音を鳴らします。
そこで心に働き掛ける何かが生まれて音をさらに重ねていく。
 
 彼女の後ををついていきたくなったり、彼女の音に反応して自分の何かを激しくかき鳴らしてみたくなったり、
それを助けてくれる優しい音をもらったり…、

 くすぐりあっているような、会話をしているような、
言葉では届かないところにすっと音は入ってきてくれる。

 「曲」じゃないな、「時間」かな。

 弾きながら、里山の黄色く染まった風景が浮かんでいました。
どんなに激しくたたいたって、それは全部昔からあったことだよとでもいうかのような懐かしさに満ちた音。

 特別な特別な時間。

 演奏会はそれ以外にもたくさんの演目があったのだけれど、ピアノ連弾に合わせてみんなで歌った「もろびとこぞりて」が圧巻でした。

 男性女性様々な声がフロアに響いて…。

 讃美歌って、チャンティングなのだろうな。
その言葉を体を通して響かせることが祈りになるというか。

 昔昔から歌い続けられてきた祈りの歌はもう、とてつもない祈りの力を持っているのでしょう。
こんな21世紀の極東の島国の人間ですら、身ぶるいしてしまうほどに。

 音と歌の力。

 まさに体で味わった会でした。

     101121_2047~01



ちなみに今日の衣装は、ジェーンカンピオンの「ピアノレッスン」のイメージで。

     101121_2323~01





未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2010/11/20 (Sat) 散らかった夜

 何だか頭がちらかっていて、変な感じだな。

 いろんな私がポコポコ顔を出してきて、収拾つかなくなってるみたい。

 昼間は名古屋のことを盛んに考えていた。
あの街で過ごしていたころの、面白かったあれやこれや。
いい文章が書けそうな気がしてワクワクしていたのに、なぜだか猛烈な眠気に襲われて何もしたくなくなって…。
 その後、お友達と食事したら思いがけずとってもおいしかったので、すっかり舞い上がってしまい、かれこれ30分以上お料理について絶賛しつづけて。
 お部屋に帰ってきたら、何とも言えない気分になっちゃった。

 ごろりとしてみる。

 窓の外を飛行機がチカチカ飛んでいく。

 静か

 私、一人だなあ…。

 さびしいとか、なんとかじゃなく、ただそんな気分。 


 時々、何の脈絡もなく
「どんなに誰かと心通じたとしても、私は私だけのものなんだ。
 たとえ家族がいたとしたって、どこからか一人でやってきて、一人で死んでゆくのだなあ」という思いが突然湧いてきて、心がギュッとしてしまうことがあるのです。

 疲れているのかしら。
何だかいつもは簡単にやり過ごせるのに、いろんな事の刺激が大きいと感じてしまう。

 それぞれの人と接するときの、自分の在り方から在り方への移動なんかに違和感を感じてしまったり。
そんなの当たり前なのにね。

 軽く寝ようかな。

 元気になったら書きたいことはいっぱいあるの。

 名古屋のこととか、この前行った茅野の街のこととか、石窯職人の竹下さんのこととか。

 

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2010/11/19 (Fri) 閉園後の予定

 運命が大きく動いていく時ってありますよね。

 私にとって今がまさにそう。

 何か大きな流れがやってきて、どこかに大きく運ばれる感じがします。

出来事、会話、見たもの、全てが意味を持って迫ってきていて、その中でしっかり目を開いて、自分がどうしていきたいのか意志表示をし続けなくっちゃ。

 そんな感じです。

 
 私は今年限りで養生園を終わりにすることにしました。
たくさんの楽しい仲間がいて、まだまだ学べることもいっぱいあると思うのだけれど、何だかそんな流れが来てしまった。

 これからやっていきたいことははっきりしています。
 
 一つはアロマトリートメントと植物の力を受け取ることのできる、自分の空間を作っていくこと。
二つ目は病院という場に、植物と人の手の力をもっととりいれて行けるように活動していくこと。
それから、音楽やアートで人がつながり合い、救われあって行けるような場を作っていくこと。

 
 本当にありがたいことに、たくさんの人からとっても素敵なお話しをいろいろいただきました。
どれも素敵すぎて、でも体は一つしかないし、うれしい悩みをここしばらく続けています。

 まだいろいろ未定な部分も多いのですが、これから面白いことができて行きそうな感じ。
楽しみにしていてくださいね。

 一つ決定していてご報告できること。

 閉園後、茅野にある「がんばらない」で有名な鎌田實先生の諏訪中央病院で、ナースの仕事を非常勤ですることになりました。
昨日看護部長とお話しして決まりました。

 蓼科ハーバルノートの萩尾エリ子さんが手がけた広い広いハーブガーデンを持つこの病院で、園芸療法がどのように機能しているのか、中から勉強させてもらいたいと思います。

 これで冬も信州に拠点を置くことができたので、(勉強もしつつですが…)いろんなイベントに遊びに行ける!そしてフェスのことも進めて行ける!
東京もより近くなったし!。
 今までよりも時間の自由がきくようになるので、長野の皆さん、東京の皆さん、それ以外の皆さん、どうぞ遊んでくださいね。
 
 「来年は飛び回ろうと思って」なんて言ったら、みんなに「今以上に!?」と目を丸くされてしまった。

 さすらいの星に生まれたバータの女ですので仕方がないよね。

 
 そのほかの心躍るご報告はまたオイオイ。

 

 
 

未分類 | trackback(0) | comment(2) |


2010/11/17 (Wed) 畑部 秋の遠足

 畑部というのに入っています。

 昨年は部長をしていましたが、今年は部長を降り、気楽なヒラ部員です。
今日は畑部の年に一度のお楽しみ行事、秋の遠足でした。

 昨年は自然農のところに行って作業を手伝ったりしていわゆる「研修遠足」的な感じだったのですが、結構寒くて過酷だった…。
 今年はなかなか適当なところが見つからず、どうしようかなんてみんなで頭を悩ませていたのですが(あえて積極的に発言せず。)
結局、小渕沢のあたりのステキなとこを回る感じになりました(シメシメ)。

 安曇野が「荒々しい山」だとすると、八ヶ岳は「雄大な山」
何だか、すべて削ぎ落として核だけになった何かが、遠くで大きく存在感を放っていて、とても目を背けられない。
そんな山です。

 葉がみんな落ちた林は白樺のシルバーだけが、快晴の空に光っています。
     101116_1129~01

 
 息が白い。

 とてもとても静かで、心の芯がきりっとひきしまる。

 安曇野のカオス的な森のにぎわいに心のあらゆる枝葉が揺らされるのとは逆の経験。

 静かで何もなくて、そのことで心がざわざわとはがされてしまう。

 道中は絶えず誰かしゃべっているのだけれど、何を話していたのかな。
思い出す空気は何故かただただ静か。

 誰もが心をフラットにして、何か言葉が浮かんで来たらそれをただ口にし、
そんなストレスフリーな場。
     101116_1512~01


 気持ちよくのびのびとしました。

 カフェに入れば本を読んだりオルガンを弾いたりみんな勝手にやりたい放題。
     101116_1516~01
     101116_1522~01


 お風呂屋さんでは、みんなが揃うまでただダラ~っとずっと待っていて、おもむろに出発したり。

 ドーナツ買って、そのままみんな道でなんとなく食べたり。
     101116_1336~01
  

 自由でゆるくて穏やかで、いい感じ。

 今年一年ありがとう。
     101116_1104~01


 こんな調子で何となくやってきたのに、自給率も作付面積も昨年の2倍くらいになってるし、出来もすごくよくっておいしかった。

 もう一度。
 ありがとう。
 

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2010/11/16 (Tue) 初雪の日、終わりの日。

 穂高に初雪が降りました。

 細く雨がふったりやんだり。
寒い寒い日。

 ふと顔をあげれば、雨がふんわり軽さを増している。
あれ、もしかして。ああ、雪だぁ。


 
 今日は私の知る限り、最も尊敬している料理人、桂子さんの最後の勤務でした。

 世の中には素晴らしい料理人はきっとたくさんたくさんいるのだろうけれど、人を深く知っていて、その人の生み出すお料理を知っていて、という機会はなかなかなく、そういう意味で「知る限り」という言葉を使いました。

 お友達としてももちろん楽しくて大好きなのだけれど、仕事人として、年上の女性として、衝撃的に尊敬している人の一人です。

 控え目で決して派手ではないのだけれど、板前として男社会で揉まれてきたせいか、きりっとした清潔感があって、でもたおやかで柔らかな空気を身にまとい、チャーミングな笑顔やしぐさを見せる、本当に愛らしい人です。

 そんな桂子さんのお料理は、素材を大切にしたシンプルな料理で、でもエッと驚くひねりが効いていて。それが奇をてらいすぎず…。
 季節が皿の上にちりばめられていて、美しい景色に感動した時と同じような思いが、お膳を見た時にも感じられます。
 そしてそれを口にすると、、、ウワ~っと心の奥の奥に一気に沁み広がる感じ。

 もう、なにがちがうんだか全然分からないけど、は~プロのお味だあと思ってしまう。

 桂子さんについての熱弁が過ぎましたが、そんな彼女の最後の日。
 私も何だか神妙な気持ちで窓の外から見ておりました。



 最後の日を狙っていたわけではないのだけれど、ずっと約束していたアロマトリートメントを夜にしてあげることになりました。

 こんな日にできるなんて。

 彼女がこれまでの毎日に一区切りつけて、新しい未来へとシフトしていくその変化をお手伝いすることができるなんて。
 セラピスト冥利に尽きるとはこのことです。

 お客さんに施術するのはもちろん素敵なこと。
はじめて向かい合った誰かと、言葉や香り選びで心を通わせて、そして触れることができて変化を見届けることができて…。

 でもこうして大切なお友達にすることもまたとっても幸せなこと。

 好きなお友達はただ触れるだけで本当にうれしい。

 私はきっと職業柄、人の死にふれてきたことが人より多いのだと思うのですが、知らないうちに私の中に蓄積された死の経験が、施術をするときに大きな大きな喜びとなって押し寄せるのだと思います。

 体温って、感動してしまう。

 触れた瞬間、ああ生きてるなあと思う。

 死にゆく人の体は触れても届かない。そして根源的にだと思うのだけれど、悲しくなるし不安になる。

 
 お友達の施術をするとき、一つは「実際にその子の体と心のために何かしてあげることができる」喜び、
そしてその子がいくら悩みや不調を抱えていたとしても「ちゃんと温かくて、きっとこれからも大丈夫な感じを確認できる」喜び。

 施術はわたしにとっても幸せな時間なのです。
ありがとう。


 施術後、お礼にとお茶をたててくれました。
最後のデザートと一緒に。
その優雅な指先にやっぱりうっとりしてしまうのでした。

    101115_2259~01

 

 

 

 

 

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2010/11/14 (Sun) ターコイズブルーの魔力

 やっとお休み。

 朝、ゆっくりヨガをして、丁寧に髪をとかして、お風呂に入って、
身支度を整えたなら…、めったにつけないブルーのピアスを手にとってみた。

     101114_1017~02


 ターコイズブルーの誘惑

 あぁ、今日はこれだなあ。

 ターコイズブルーという色は、身に付けた時、景色になじませた時、
何ともうまくなじまない孤高の美しさのある色。

 今、景色は赤・黄・茶の嵐なので、余計にそう思う。

  この色を探しに出かけてみた。

 畑のブルーシートや、速度標識や、似たブルーはいろいろあるけれど、もう全然違うのです。

 特別に澄んだ空とか
 深い深い水の中とか

 そんなときにしか現れない色。

 グラスのブルー。
水の色だね。

     101114_1051~01


 そういえば、ジャン・ジャンセンの絵も美しいブルーがポッと染められていたりしたなあ。
あれもその色だ。

 ターコイズブルー
 ターコイズブルー

 あら、PCの、目の前の光る電源も、そんな美しく遠いところから来た色だったのね。

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2010/11/13 (Sat) twitterはじめました

 ちょっと思うところがあって、tweitterはじめました。

 yakusolabo_toge です。やってる方、フォローお願いしますね。
そして、まだやってない方は、これを機に一緒にやりましょ。

 どうせならと思い、名前はこれから作っていくお店の名前にしました。

 草花にあふれたガーデンの中に、真っ白な小さな建物。
光があふれるそのお部屋では、アロマトリートメント。

 そこは一つの空間で他人同士が向きあう特別な時間。
どんな方なのかな。
そして、どんな植物が助けになってくれるのかな。
お話ししながら一緒に選んでいくのです。

 そこからは手の力。いや、存在の力かな。
体はどんなふうに生きていて、どんな言葉を発しているのか、丁寧に聴いて、ノックして、揺らして…。

 そんなお店かな。

 そしてギャラリー&ライブスペース。人から生み出されたものを受け取ることで化学変化を起こしていく。
そんな場所。

 植物と人、植物と植物、人と人、ここにくれば何かが助けてくれる。
そんな場所。

 流れゆく日々の中の、チクッとささる「棘」になりたい。


 何かロゴ的なものがほしくなって、試しにイメージ画を描いてみました。

無題


 楽しいな。

 冬季閉園まで3週間。
その後どう動いていくのかな。

 まだいろいろとっちらかっているのだけれどオイオイご報告していきますね。


未分類 | trackback(0) | comment(1) |


2010/11/12 (Fri) シューベルトのセレナーデ

 忘れられない映画のシーンというのがあります。

 1933年に発表されたシューベルトの音楽映画「未完成交響楽」(もちろんリアルタイムで見たわけではないですよ)
     f0009381_0331598.jpg

     
その中で、小生意気な貴族の娘に音楽を教えることになったシューベルトが、最初のレッスンをするところのシーン。
 音楽のことなんかの何も分からないと思っているシューベルトに、不敵な笑みを浮かべながら歌いだす娘。
そのぞくぞくするほどの艶っぽさ、メロディと言葉の美しさ。

 数年前に観て、それ以来あのシーンが忘れられないのです。

 シューベルトなんてそれほど好きだと思っていたわけではなかった。
「鱒」は好きだけれど、未完成交響曲は間延びのした退屈な曲だと思っていたし、
なんていうか、童謡作家くらいに思っていた私。

 それがこのセレナーデに衝撃を受けて、その後に出てくるハンガリアンダンスもとっても印象的だし、もうシューベルトへの認識を覆されて、戸惑いながらラストにかかるアベマリアを田園風景とともに聴くと…。

 一音一音が胸の中をトントンとノックして動くような伴奏に、自分の一番美しい何かを大切に大切にお聞かせするようなその旋律。キリスト教を理解しない私が聴いてもこれだから、クリスチャンはこの曲があって幸せだな、なんて見当違いの嫉妬心まで湧いてきてしまう。
 人間の頭で作った音楽ではないなと、圧倒されてしまいました。

 映画の中でも村娘に「あなたの曲は時代を超えて残っていく」と言われていますが、、シューベルトの音楽は時代の中でたくさんたくさん生み出される「歌」というものの中に、神様が顔を出したんじゃないか、そんな気持ちにすらなりました。

 私が衝撃を受けたセレナーデのシーンの画像を見つけたので、見てみてくださいね。

 
      

 そして、アヴェマリアをSLAVAが歌っているという、何とも心躍る画像も見つけちゃったので、これもご紹介。

  
 

 映画はラブスト-リーということで考えると、ラブコメ好きの私を持ってしても首をひねりたくなる点が大いにあり、一言言いたい気分になりますが、シューベルトの世界を堪能するには、その古さも相まってとっても良い映画だと思うので、機会があったら観てみてくださいね。
(レンタルには多分ないと思います。私は図書館で借りました。)

未分類 | trackback(0) | comment(1) |


2010/11/11 (Thu) キンポウゲ科の花

 好きな花は何かな。

そんなことを考えていたらすっかり夜が更けてしまった。

最近うすうす感づいていたこと、私の好きな花はキンポウゲ科なんじゃあないかって。

試しにキンポウゲ科を調べてみると…
見事に勢ぞろい。

クリスマスローズ、クレマチスを筆頭に、オキナグサ、ニリンソウ、デルフィニウム、オダマキ、福寿草、秋明菊もこのグループかあ。アネモネもケシ科かと思っていたらキンポウゲ科でびっくり、あとトリカブトもとってもきれいな花をしている。

  xmasroseIMG_4094-thumbnail2.jpg 0_kuremachisu-murasaki_232-thumbnail2.jpg 0miyamaodamaki_upIMG_2243-thumbnail2.jpg 0_okinagusa060422IMG_0110-thumbnail2.jpg r-goldcoin.jpg delphinium.jpg nirinsouIMG_5045-thumbnail2.jpg
 



ケシ科が好きというのは前から知っていたけれど、キンポウゲ科もでした。
はっきりと。

どちらも毒を持っていたり、薬草効果があったりの紙一重な植物。
その危うさが好きなのかな。

アネモネあたりは危うさ満点だけれど、ニリンソウや福寿草なんてとっても可憐な顔をしているのに。

image.jpg 0miyamakinpoge07201514-thumbnail2.jpg




好きな花はどんどん変わっていきます。
過去に胸をわしづかみにされるように好きになった花たち(もうほとんどそれは恋に近い感覚。毎日通りすがりにその姿を眺めてはため息をつき、なんとか入手できないものかと手を尽くし、花の名前を何度も口に出してみたり)。
ブーゲンビリア、カクテルという一重のバラ、アネモネもそうだったな、サルスベリ、ジギタリス、フランネルフラワー、オオデマリ…。
全く恋多き女ですよ、私は。

でもそれらは今も確かに好きなのだけれど、胸をわしづかみにされるような想いはもう感じなくなってしまった。

最近はキンポウゲ科の子たちに小さな恋を繰り返すばかり。

あとはあとは、
最近ほれぼれ見とれてしまったのは、ゲンノショウコ。覗きこまないと分からない小さな小さな花の中に、美しい色のバランスが配置されている、その宇宙。
     0816繧イ+1_convert_20101111010132
     
あとはマロウ、コモンマロウの薄い薄い花びらは、何だかベルベットのようにつややかに光っていて。
マーシュマロウにいたっては、この世にこれほど儚い造詣が存在するのだろうかと思わずにいられない程の、薄く細く繊細な花、色。切り花にしても全く水あげすることもなく、そのまま儚い命を終えてしまう。
なので、風雨にハラハラとしながらもその行く末をただ見ていることしかできないこの感じ。
     2010_0528_132501-DSCF0026_convert_20100601214311.jpg


それからハナイカダ。へんてこなバランスで可憐な花が乗っているその姿を山道で見かけた日には、もう自然に奇跡にただただ驚くばかり。

最近は白から青、紫にかけての花ばかり好き。
あとはガクなのか葉っぱなのかと思うような、緑の花も好き(緑のカーネーションは本当にステキ、カーネーション嫌いの私がのけぞったからね)。
ひっそりとしたものが好きなのよね。


 あ~、虜になってしまうほどの、そんな出会いがまたしたいなあ。

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2010/11/08 (Mon) 秋の「ステキな朝食会」

  秋が燃えています。

 もう何だか、木々が最後の力を振り絞って輝きを放っているとしか思えない様相なのです。

 黄色が胸に沁み入ってくる。

 空気までもが黄金色に光っていて、何だか体をすかして中に入ってくるみたい。
新緑の頃も確か、緑が沁み入ってくるなあと思っていたのだけれど、秋もまた…。

     101107_1030~01


 午前休、久しぶりに「ステキな朝食会」をしました。

 毎食交代のまかない当番が作ってくれるという、ありがたい養生園ライフなのですが、それでもやっぱり、ここに来る前にしていたように、お休みの朝のんびり好きなものをいろいろ作って、ひだまりでゆっくりいただくということがしたくなるのです。

 今回はフレンチトースト!
卵もちょうどあるし、ベジ仕様じゃないふわふわのフレンチトーストを食べようということに。
朝食会の時間に合わせてパンを焼いてくれました。

 そうしてサイドディッシュはチーズ入りオムレツ。
下界ではそんなの当たり前かもだけれど、ここではとっても心躍るメニューなのです。

     101107_1025~01


 いろいろバスケットに詰めて、
今回は開店時間前のカフェでいただくことにします。
贅沢!
     101107_1034~01


 二人で、一瞬の言葉がけだけでテキパキ次々に作ったいろいろ。
ものすごいチームワークです。本気だからね。

 フレンチトーストにチーズオムレツ、大根サラダ、ジャガイモのふかしたの、そおしてハーバルノートの秋のハーブティを入れて、デザートはラ・フランス。
 カフェシフトの子が、タイムのシフォンケーキの切れ端もつけてくれました。
     
     101107_1052~01


 朝食会は、おいしいものをいっぱいそろえて、きれいにテーブルを整えて、とっても満たされた気持ちでいるせいか、おしゃべりしててもとっても楽しい話題ばかり。
 未来はこうなりたいねってことをいっぱい話して、それでさらにうっとりしちゃって…。

     101107_1053~01


 名古屋出身の私にとって、モーニングはとっても好きで大切な時間です。
学生の頃はいつも、お休みとなると「明日どこ?」というのがいつもの掛け声で、その時気に行っている喫茶店にみんな早朝6時半ごろから集まってモーニングをいただきながらダラダラ過ごし、それぞれの予定へと出発して行く(予定がない組はランチまでいただいたり…)ものでした。

 上京してからそれができないのがとってもさびしい!と憤慨していたら、何人かが賛同してくれて、毎週モーニングの会と称して、早朝からやっているお店(タリーズとかだったりするのだけれど)で会っておしゃべりして、楽しかったなあ。
 クリスマスとかはオシャレしてスペシャルで恵比寿のウェスティンのビュッフェに行ったりとかしたり、本場を訪ねるということで、名古屋でモーニング三昧したり。
(ウェスティンのモーニングビュッフェは感動的においしいし、雰囲気も落ち着いていて大好き。モーニングの会以外でもチョコチョコ行ってました。)

 長野に来てからはこんな手作りの朝食会。
 幸せ。
     100708_0828~01

 

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2010/11/06 (Sat) 念願の上田!

 上田に遊びに行ってきました。
上田には素敵なところがいっぱいあります。
大好き。
 びっくりすることに2年ぶり。

 行きたいところがいっぱいあって、もううれしくて。

 ランチはルヴァンでと決めていたのですが、張り切りすぎて10時前には上田の街についてしまいました。
どうしようか…。
 ということで、別所温泉の朝湯に行きます。

 こたつでテレビ見ながらぬくぬくしてる番頭のおじいちゃんが、ここだけが源泉かけ流しと何度も何度も言ってくれるのが可愛くて、この立ち寄り湯に決めました。
     101105_1027~02


 中に入っているおばあちゃんたちもみんなお肌がピカピカしてにこにこして、もちろんお湯はとっても気持ちよかった。

 その後、まだ時間があるので北向観音にお参りです。
     101105_1108~01


 ひなびた風情の温泉街から観音様へ続く小道はまるでつげ義春の世界。
北向観音からは上田の街と遠くの山が見渡せて、空も晴れてるし、清々しい!
     101105_1121~01


 そしていよいよ上田ルヴァンへ。
代々木公園駅近くのカフェで働いていた時、富ヶ谷のルヴァンも時々行ってましたが、私は断然上田店が好き。
蔵作りのそのお店は、暗いのにオレンジのランプがほの温かく、外の清々しい光が小さな窓からスーッと差し込み、古い土壁に飾られた様々が実にいい雰囲気を醸し出しているのです。
     101105_1452~01


 ルヴァンの甲田さんは、養生園でワークショップをしてくださったり、ご縁があるのでいろいろお話ししていただき、特別に二階の茶室にも入れていただけました。
 先日茶会で茶道の世界に感動したばかりなので、その小さな部屋の時間が止まったような気配に、さらに心うたれてしまいました。
 和の世界って、ものすごく洗練されてる。

 ランチの後は後は二階の座敷でちょっとしたスイーツをいただきました。
     101105_1353~01


 ルヴァンを出た後はこれまた上田に来たなら行かなくてはならない場所、茶房パニ。
山を不安になるくらいクネクネクネクネ登って行った先にあります。
 ついたころはちょうど日が沈むころ。
 お里の秋といった風情でとっても静かな時間を過ごしました。
     101105_1552~02
 

    101105_1601~01


 パニを出てからまた上田市街に戻って、今日の一番の目的、先日菅平で仲良くなったガラス作家の子の個展を見に行きました。

 GIRINOというお店で行われている「ten to sen 」というエキシビジョンです。
ten(というか球)の中は線で結ばれているようで、さらにそのtenたちも時に結ばれていて。
 きらりと光るその感じがとても幸せな印象を受ける作品でした。
     101105_1918~01


 他にも作品集を見せていただいたのだけれど、言葉があって、立体があって、それはただの立体だけじゃなく光を味方にとりこんで鉱石とも近くなっているようで。
 いろいろな感情や感動を形に変えているのだけれど、吹きガラスはなめらかで重く、でも潔さと清潔さがあって、ダークにならない。
 この素材を選んでいる彼女自身の根本がそうなのかな。
     101105_1916~01



 日常の中で何かを感じたあることを、立体を作る過程でクリアに表出していって、いい作品であればその何かは言葉よりも正確に他者に伝えることができて…。
 そして他者に伝えることで、その瞬間また新しい何かが生まれてそれがフィードバックされて。

 アートって本当にコミュニケーションなのだなと改めて思いました。
私はあの頃、「わかってほしい」という思いを抑えられずにいたからガラスを作っていたのだけれど、それでいて
やっぱり他者にうまく自分を表出することができなかったから、作品を作って発表するという行為自体が自己陶酔しているようで、気持ち悪くて、苦しくて続けられなくなってしまった。

 でも今、こうして逆の立場で誰かの作品や言葉を観ていると、「あ~そうか」と自然に受け取って、それに対して自分の中で何かが反応したり共感する感じがあり、それはむしろ楽しい感覚であって、あの頃感じていた申し訳なさなんて全く見当違いだったなあと思ったりするのです。

 やっぱりやっぱり、分かってもらうのって気持ちがいいし、誰かのことを分かるのも幸せな体験だし。

 膿みに膿みまくる前に、もっと自然に誰かに表現するべきなのだろうと思いました。

 型にはまらずいろいろなパターンでガラスを製作し、ギャラリーだけじゃなく音楽やアートや様々なイベントに気軽に出店している彼女。 
 
 楽しそうにガラス作りや仕事のことを話す彼女を観ていて、醍醐味をきちんと味わいながら仕事している人はとってもステキだなと、いい気分になりました。

 今日は一日本当に楽しかった。
出会った人たちがみんな気持ちのいい人たちだったし。
 一緒に行ったお友達とは、それこそず~っとしゃべっていて、何だか未来に向けてこんがらがった頭が少し整理されたみたいな気がする。
 ありがとう!

 お土産は私の大好きな上田名物(?)自慢焼き!
明日の朝みんな喜ぶなあ。
     101105_2220~01

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2010/11/03 (Wed) キトヒト茶会

annです。

イベントに無我夢中になっていたのだけれど、養生園のお仕事も気がついてみればあと1カ月となっております。
ビックリ!

来年はどの程度養生園と関わるか本当に未定なので、なおさら一日一日のここでの生活が貴重です。
心にしっかり落とし込みながら過ごしていかなくては。

今日はキトヒト茶会。
表千家のお免状を持つ、養生園の桂子さんが感謝の気持ちで開いてくれました。

扉をあけると…いつもは森のカフェ~な感じのキトヒトカフェが、シックな和の空間になっていました。
お茶の受け方の解説を聴きながら、一人ずつお茶をいただいていきます。

     IMG_4411_convert_20101103210057.jpg
 

     IMG_4434_convert_20101103205710.jpg


     IMG_4433_convert_20101103204710.jpg


     IMG_4424_convert_20101103204254.jpg


森の中のこの空間は完全な静寂に包まれています。

まぶしい光に湯気が一筋立ち上り。

     IMG_4432_convert_20101103204335.jpg


柄杓をコンコンとする音、茶筅のシャッシャッという音、水滴がぽたぽたと落ちる音。

     IMG_4420_convert_20101103210605.jpg
 

大きくとられた窓に、燃えるような紅葉が切り取られ。
時々はらりと落ち葉が舞い落ちて行くのが、スローモーションのようにゆっくりと見えます。

     IMG_4440_convert_20101103204540.jpg


桂子さんのお道具の持ち方、器を運ぶ仕草、全てが本当に優雅で美しくて。

桂子さんのお話し
「お茶はお茶をただ飲むだけではなく、茶室、お軸、お花、器それらすべてに主人がどういう趣旨でこの会を開いたかが表されているのです。
なので、それらを鑑賞しながら、感想などを話しながら、その心を共有していくのです…。」

     IMG_4442_convert_20101103204834.jpg


ただお茶をたてる音に耳を澄ませながら、時に窓の外を見やりながら、
ああ、今、秋はこんなに美しかったのだなあ。とか、水の音は、人の動きはこんなに美しかったのだとか。
全てで胸が満たされたような時間でした。

 美しいものはどれだけ見ても見あきないし、ただそれだけで感動的なのだと。

     IMG_4439_convert_20101103210001.jpg


人生の連続した時間の中に、こんな時間が挟み込まれたら、その生涯の印象はかなり違ったものになるのじゃないかな。

 私は何をウカウカ生きてきたのだろう。

 お茶をやろうと思います。

 それにしても和の物は本当に素晴らしいですよね。

 着物は好きで昔から着ているのですが、その畳み方、扱い方、飾り襟をつけたり帯止めで遊んでみたり、季節が変われば陰干ししたりしつけをしたり…。
 たかが服とは言えないほど大切に向き合うその感じが、日常の中で違った時間の流れと心の入れ方を生じさせ、それが素敵だなと思うのです。
 もちろん、着物を着た時のしぐさも。

     IMG_4450_convert_20101103204620.jpg


 何に対しても心をこめて大切に向き合いたい。

 今の私の一番のテーマです。

未分類 | trackback(0) | comment(2) |


2010/11/01 (Mon) 幸せな目に映る世界は

 イベントが終わって、ひと段落。
11月に入るこのタイミングで、新しくモード変換して行こう!と決めていました。

何しろ何でもかんでも「イベントが終わってからにして」と後回しにしていたことだらけで、何しなくちゃならなかったか思い出すのが大変なほど。

最近睡眠と体調を最優先にしていてお休みしていた、朝のヨガと瞑想を今日から復活しました。

朝、ここしばらくどんより曇ったり雨が降ったりしていた空は、うってかわってパ~っと美しい朝の光を放っています。
正にリセットにふさわしい。

     101101_0737~01


イベントを経て、幸せで心が満たされています。

雨上がりでどこもかしこもキラキラしている。
     101101_0738~01


気付けば里の家の中庭も、赤や黄色に紅葉しています。
     101101_0736~01


去年のハーブノートを見ていたら今時期サフランが咲いていたんだあ。なんて思いながらガーデンに出ていたら、いきなりいっぱいサフランが咲いてる!
     101101_0931~01


よく目を凝らすとカモミールのこぼれ種も芽を出している!
     101101_0955~01


その隣には謎のキノコ。なんだかkissチョコみたい。触るとぶよぶよして気持ちがわるい。
ブローチにしたら似合うよ~なんて、服に合わせてみたり・・・。
     100806_1202~01


お昼御飯はライスコロッケと、さつま芋焼き(と言われたのです。さつま芋に豆乳とシナモンを加えた、スイートポテトみたいなスイーツみたいなものでした)など
     101101_1238~01
101101_1236~01


昨日起こしたリンゴ酵母がもうプクプクしてきた!早い!
窓辺にみんなのビンが並んでとってもかわいい。
     101101_1234~01


買い物に出てみると、この青空。
     101101_1140~01


何だか気持ちのいい午前でした。

今夜は乙女部会をひらくんだ。イベントに来てくれた子にお菓子をふるまいつつ、まだ語りきれない思いを語らせてもらおうというたくらみ。フフフ!

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


| TOP |

プロフィール

アンネリダ 

Author:アンネリダ 
 

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。